『ペーパーマリオ スーパーシール』
3. RPGの構造を捨てる
- 岩田
- 宮本さんが今回の『ペーパーマリオ』で
ねばって、こだわっていたところというのは、
具体的にはどんなところだったんですか? - 田邊
- 「これまでの世界観と大きく変えたものにしてほしい」
ということのほかに、宮本さんにプロジェクト当初から
言われてきたことは大きくは2つあって、
「ストーリーはなくていい、必要なのか?」ということと、
「可能な限り『マリオ』の世界のキャラだけで完結してほしい」
ということでした。 - 岩田
- むずかしいお題ですね。
ある意味、ここ最近のシリーズの方向性とは、
まったく逆になってしまうわけで。 - 田邊
- はい。ただストーリーに関していうと、
前作『スーパーペーパーマリオ』(※24)の
アンケートをクラブニンテンドー(※25)で調べたところ、
たしかに「ストーリーがおもしろい」という人は、
1%にも満たなかったんです。
「3Dと2Dを切り替える次元ワザ(※26)が
おもしろかった」という意見が多くて。
『スーパーペーパーマリオ』=2007年4月にWii用ソフトとして発売されたアクションアドベンチャー。
クラブニンテンドー=日本では2003年からはじまった、任天堂の無料の会員制ポイントサービスのこと。対象のゲームソフトを購入・登録しプレイ後アンケートに回答すると、ポイント数に応じて非売品のオリジナルグッズと交換ができる。
次元ワザ=ボタンひとつで2D、3Dマップに切り替えるというシステム。
- 岩田
- 次元ワザのアイデアがあったからこそ
なりたった企画でしたからね。
「ストーリーはなくていい、必要なのか?」
というお題について、
シナリオを担当された工藤さんは、
どんなふうに考えられました?
- 工藤
- 僕はもともと
宮本さんの考えと近いところがあって、
個人的には、RPGなどでの
長大なストーリーは必ずしも必要だとは考えていなくて、
「ラスボスを倒す目的があればいいじゃん」って。
その代わりに、手軽に少しずつ遊ぶという携帯機の
特徴に合わせて、ちょっとしたエピソードや小ネタを
たくさん詰め込みました。
もともと小ネタを入れるのが好きなのもあって、
そこは逆に楽しくやらせてもらいました。 - 岩田
- むしろ工藤さんの望むところだったわけですね。
- 工藤
- はい。
- 岩田
- 一方、キャラクターに関してですけど、以前
社長が訊く『マリオギャラクシー』の回で
「マリオらしいデザインがはじめてことばになった」と
宮本さんが言っているんですよね。 - 田邊
- はい、おっしゃってましたね。
- 岩田
- 「デザインが機能を表しているのが
“マリオらしいデザイン”だから、
そうじゃないものがまざっていくのが、
自分はなにかちがうと思っていた」
というふうに、話しているんです。 - 田邊
- 「トゲがあるから上から踏むと痛い」とか、
キャラクターのデザインからその存在が
納得できるようなもの、ということですよね。 - 岩田
- そういう、なんとなく感じていたことが
ちゃんとロジックで説明できるようになると、
人ってやっぱり言いたくなるんですよね。
だからそのとき、きっと宮本さんは、
マリオらしいデザインについて語る
“マイブーム状態”だったのかもしれないですね(笑)。 - 田邊
- ただ「新しいキャラが出せない」というのは
相当きびしい「しばり」なんです。
当然新しい敵キャラはつくれないわけですが
『マリオ』のキャラ、とくに味方側って、
実質、色ちがいのキノピオだけですし・・・。 - 工藤
- でも、そこはまあ個人的に、
しばりがあるほど燃えた部分はありますね。
見た目はおんなじだけど、少しずつ性格もちがって、
「あっ、あなたはあのときのキノピオさん!?」とか
わかるように遊びも仕込んだりできましたし。
後半はもう完全に、自分の中に
キノピオが降りてきた感じでした(笑)。 - 田邊
- 性格悪いやつとか、忘れへんよね。
顔は同じやのに。 - 一同
- (笑)
- 工藤
- 赤のほかに、青や緑といったキノピオが出てくるんですが、
赤以外のキノピオはとっておきで、どこで出すかを
本当に大事に熟考して、決めていったんです。
森にレンジャー(※27)を出すことが決まったときは、
「緑のキノピオ・・・おまえの出番だ!」とか、
変なテンションになったりもしました(笑)。
レンジャー=森林保護官。
- 岩田
- しばられることって、
クリエイティブにおいては
必ずしも悪いことではないですよね。
そこから新しい魅力が生まれることも多いですから。 - 田邊
- そうですね。そういう意味では、
当初普通のRPGの構造で独自の仲間キャラなども
つくっていたんですが、
「ぜんぶシールでいこう」と決めたときに、
これまでのシリーズからの変化を明確にするために
それを含めて一度つくった構造システムを
捨てるところから再スタートした感じです。 - 岩田
- RPGの基本的な構造を、意図的にやめたんですね。
- 田邊
- はい。経験値やレベルの概念をやめて、
段階的に強力なシールを
手に入れられる構造にすることによって
より強い敵に対処していくかたちを取ることにしました。
じつはRPGの「経験値をなくしたい」とは
自分の中でずっと思っていて、
以前、工藤さんと一緒につくった『チンクル』(※28)でも
プレイヤーはまったく成長しないで、
ぜんぶお金で解決するシステムにしていたんですね。
それを今回は「ぜんぶシールでやろう」と。
「
バトルは攻撃コマンドの代わりに、
フィールドで集めたり、街で買ったシールを使って戦う」
そういうシステムにしたんです。
『チンクル』=『もぎたてチンクルのばら色ルッピーランド』。2006年9月にDS用ソフトとして発売されたRPG。
- 岩田
- それで“シールバトルアドベンチャー”なんですね。
- 田邊
- そうです。
シールごとにいろんな攻撃の特徴があるので、
敵との相性を考えて、組み合わせて使うことで
簡単に倒したりもできます。 - 岩田
- なるほど。
- 中嶋
- 加えて、シールを自分でつくるという意味では、
イズ内の別グループで実験していた
プログラムがうまいこと使えたんですよね。
“ヤカン”とか“まねきねこ”とか。 - 岩田
- “ヤカン”に“まねきねこ”ですか?
- 田邊
- イズさんがもともとWiiで実験していた、
壁に3Dのオブジェクトを投げつけると、
ペタッと張りついてそのまま絵になるという
プログラムがあって、
それをこっちに使わせてもらったんです。
フィールドでみつけた3Dの“モノ”を
自分で壁にぶつけると強力な“モノシール”を
つくれるというシステム・・・だったんですが
これが最初、チームの大反対を受けて・・・。
- 岩田
- それはなぜなんですか?
- 碧山
- 3Dの“モノ”をリアルなオブジェクトの表現にしたことです。
田邊さんからしきりに
「この違和感がいいんだよ!」と言われたんですが、
自分たちではどう扱っていいのやら、
最初まったくわからなかったんです。
“ヤカン”とか“まねきねこ”って
普通に考えたら『マリオ』の世界に
合わないじゃないですか。
- 工藤
- そこはマジメなんですよねぇ(笑)。
- 田邊
- でもわたしからすると
「リアルなヤカンの違和感が逆にフックになるはず」と
ある種の直感があったんです。
そもそも、『マリオ』の絵柄っぽいものをシールにしても、
あんまり変化ないですよね?
それで宮本さんのところに見せに行ったら
やっぱり「まあ、ええんちゃう」って
言ってくれました(笑)。 - 岩田
- あははは(笑)。
でもやっぱりいろいろNGが出たあとだと、
どうしても臆病になりますよね。 - 碧山
- そうですね。
「なんでヤカンなの?」って
最初は理解できなかったのが、
いまは「これだよね!」って感じですけれど(笑)。 - 田邊
- 世界観のチェックという意味では、
キャラクター制作グループ(※29)のハードルもすごく高くて、
砂漠の塔の壁画とか・・・。
これは井方さんから話してもらったほうがいいですかね。
キャラクター制作グループ=任天堂企画開発本部環境制作部キャラクター制作グループ。任天堂キャラクターの制作・監修を行うグループ。
- 井方
- はい。えーとですね、ワールド2に、
砂漠の塔があるんですけど、
古代の遺跡感を出すために、
「
壁画を入れよう」という話になったんです。
そこでそれっぽくなるように、
いつもより頭身の多いキノピオや
ノコノコを描いてみたんです。
- 田邊
- 手足が長い人間みたいなノコノコが
よつんばいになって、
まあ、すごく気色悪いやつですよ。 - 井方
- それをチェックに出したら、
やっぱり「気持ち悪いです」と言われて、
僕らは「やった!」と思ったんですけど・・・。 - 碧山
- 最初、それを「ほめ言葉だ」と
受け取ったんですが、残念ながら
言葉そのままの意味だったんですよね・・・。 - 一同
- (笑)
- 井方
- その後
いろいろパターンを出したんですけど、
マリオ寄りにすると遺跡感がなくなるし、
かといってリアルな方向に行くと
まったくの別ものになってしまうんです。
- 工藤
- リアルにするとクリボーなんて、
ただの「しいたけ」ですからね。 - 井方
- はい(笑)。
結局いろんなパターンをつくりつつも、
最終的には宮本さんに、
もともとの絵もお見せしたんです。
そうしたら
「もっと気持ち悪くてもいいんじゃないか?」と
逆によろこんでもらったみたいで・・・。
結果、最初のデザインでOKとなりました。 - 田邊
- あれはちょっとビックリしましたよね。
「宮本さんだけは見せてみないとわからへんな」と。
そんなふうに、様子を探っていった感じです。 - 岩田
- ああ、そうなんですね(笑)。
でもなんか田邊さん的には
わざとギリギリの球を投げて、
どこまで監修で許されるのかを
楽しんでいるようなところもあるんじゃないですか? - 田邊
- いやいや、宮本さんから
本気で怒られたときもありましたよ(笑)。
クッパの扱いかたとかで。
でもやっぱり、『マリオ』のゲームは宮本さんが
原作者として考える正統な系譜があるわけです。
その中で『ペーパーマリオ』は
守るべきところは守りつつ、
「新しいことや変わったことに挑戦するから意味がある」
そう思っています。