『ニンテンドー3DS』
本体機構設計 篇
2. 「つくれるかどうかはわかりません」
- 岩田
- そうやって、江原さんもデザインチームに加わり、
3DSの本体デザインのプレゼンテーションを
社内向けに行うことになりましたが、
1回では決まりませんでしたよね。
そのとき、宮武さんはどう感じましたか? - 宮武
- 最初のプレゼンのことは、すごくよく覚えています。
これまでのDSの流れを踏襲したものから、
まったく違うタイプのデザインのものまで、6案考えて、
それぞれ2種類ずつ、計12のモデルを用意したんです。
自分たちとしては、とても幅広いプレゼンができたと思ったのですが、
結果的には6案が全部、ダメだと言われました・・・。 - 岩田
- あのときのわたしは、
すごく冷たいことを言ったと思うんですけど(笑)。 - 宮武
- はい(笑)。
「まったく新しいマシンが登場するような感じがしない」
みたいなことを言われたと思います。 - 岩田
- いまは乗り越えられているから、
このように笑って話ができるんですが、
第1回目のプレゼンでは、残念ながら
次のもの、新しいもの、という感じがしなかったんです。
そのように、自分たちの引き出しから
自信を持って出したつもりのものが、
完全に否定されてしまうというのは
とてもキツかったと思うんですけど、
「もう1回デザイン、考え直し!」と言われて、
そのとき、どんなことを考えましたか? - 宮武
- それはもう、すごく悔しかったです。
そもそも「一発でOKもらうぞ!」という意気込みで
チーム全員でいろいろ考えて、
「これがベストだ」と思っていたものをプレゼンしたのに、
それが認めてもらえなかったわけですから。
でも、後になって冷静に考えると、
「ちょっと古くさいのかも・・・」と思うようになったんです。 - 岩田
- うーん・・・いや、古くさいというよりも、
最初のプレゼンの6案だと、
これまでのDSシリーズとの違いがあまり見えなくて、
新しい特徴が感じられなかったんです。 - 宮武
- はい。
- 岩田
- なので「ひと目で違うものに見えるようにしましょう」
ということで、「もう1回やり直し」となったんですけど、
実はあの時期というのは、機構設計や製造の人たちからすると、
ギリギリのタイミングだったんですよね。
- 輿石
- はい、そうでした。
- 岩田
- なので、輿石さんや後藤さんたち、機構設計の人たちに
大変なしわ寄せがいくことになるんですけど。 - 後藤
- 1カ月くらい待たされたでしょうか。
- 宮武
- そうですね、1回目のプレゼンをしてから、
ちょうど1カ月後くらいでしたね。その間、
機構設計の人たちをお待たせすることになって・・・。 - 岩田
- あの当時、別の部屋にいるわたしでも
機構設計の人たちがピリピリしているのを強く感じていました。
そこで局面を打開していくのは、
どういうことがキッカケになったんでしょうか? - 宮武
- 6案出したときに、いろいろ意見をいただいて、
めざすべき方向性がある程度は見えてきた感じがありましたので
2回目のプレゼンでは、提案の種類を絞ることにしました。 - 岩田
- 2回目のほうが提案の種類が少なかったですよね。
- 宮武
- はい。「これだ!」というのを3案出しました。
- 岩田
- 絞りに絞って3案にしたんですね。
- 宮武
- はい。指摘をいただいた新奇性の方向が異なる
3案に絞って提案しました。
日程が押していることはわかっていたので、
生産性、つまり日程面である程度想像できるものから
新奇性はあるが生産性が未知数のものと、
その中間くらいのもの、というように
提案に選択の幅をもたせることもしました。 - 岩田
- 2回目の3案は、1回目の6案よりも
明らかに前進していて、どの案にも魅力を感じました。
最終的に江原さんが中心となってデザインしたものに決まりましたが、
江原さんはどのような考えで、これを提案したんですか? - 江原
- やっぱり・・・。
- 岩田
- 「オレが壊すぞ」とプロジェクトチームに入ってきたものの、
そうも言ってる場合ではなくなったんじゃないですか? - 江原
- いや、まだ壊し足りないと(笑)。
- 岩田
- え、まだまだ足りないと感じたんですか?(笑)
- 江原
- ・・・というのが正直なところです。
- 岩田
- 第1回目のプレゼンで「新しくない」と言われたので、
「まだまだ壊し足りない」という受け止め方をしたんですか? - 江原
- そうなんです。
だから「もっと壊そう」と思いました。
そこでまず本体を閉じたときにいままでとは違う三層構造にして
それぞれの層の色を少しずつ変えて
3トーンのグラデーションにすることを考えました。
- 岩田
- どうしてそのようなデザインにしたんですか?
- 江原
- 今回の3DSでは、これまでの「すれちがい通信」(※4)に加えて
「いつの間に通信」(※5)がありますよね。
外に持ち出しているときだけでなく、家に置いておくだけでも
知らない間に情報がどんどんたまっていくということを
本体デザインでも表現したいと思いました。 - 岩田
- 情報がたまっていく感じを
見た目でも表現したいと思ったんですね。
「すれちがい通信」=電源を入れたまま本体を持ち歩くことで、すれちがった人とデータのやり取りができる通信機能。
「いつの間に通信」=ニンテンドー3DSに搭載される機能のひとつ。Wi-Fiアクセスポイントを探して自動的に通信を行い、さまざまな情報やコンテンツを受信する機能。
- 江原
- はい。それと三層にわけたことには、
機能的にもそれぞれ理由があります。
まず上から一層目ですが、
頻繁に本体を開けてほしいので上ぶたを開けやすいように
極端な逆テーパー(※6)にしたいと考えました。
テーパー=成型品が金型から取り出せるように金型の外周につけられた勾配のことで、成型品の外郭についた勾配を意味する。
- 岩田
- 逆テーパーというのは、台形立方体を逆さにしたような形ですね。
- 江原
- はい。
そのような形状を一層目に大胆に取り入れることで、
指をかける溝を部分的に設けなくても、
上ぶたのどこからでもかんたんに開けられるようにしました。
次に二層目ですが、
スライド式のサウンドボリュームやLEDランプが
側面に付くことになったので、
操作時や携帯時の誤動作を抑えるために
それらをひとつの層に集約して層全体を少し凹ませることにしました。
二層目を凹ませたことで、より上ぶたも開けやすくなりました。 - 岩田
- 二層目をちょっと凹ませているのには
こういう理由があるんですね。 - 江原
- そうです。最後に一番下の三層目ですが、
空港のサインシステムのような要素を
ゲーム機にも取り入れられないかと思い、
ボタンやLEDランプが並んでいる二層目に対して、
それらの機能表示のアイコンや文字を
新たに別の層に分割することで、三層目を見ればわかる、
といったような情報整理ができないかと考えました。 - 岩田
- そして問題の上ぶたですね・・・。
- 江原
- はい、いちばんのデザインのポイントだったのが上ぶたで・・・。
徐々に色が暗くなり、
徐々に光沢感が増し、
徐々に奥行き感が出てくるという
「色と質感と奥行き」の3つをグラデーションにすることで、
情報が入ってきたり画面に奥行き感があるという
3DSらしさを表現したいと考えました。
さらに見る角度によって
透明層のラインが現れたり消えたり、奥に何か見えたり、
いろいろと表情が変わるような仕掛けをつくって、
いままでのDSとは明らかに違う質感を出せないかと思い、
プレゼンのときに
「つくれるかどうかわかりませんが・・・」と前置きして、
そう言わないといけないくらいのものを提案しました。
- 岩田
- わたしも2回目のプレゼンのときに
「これ、どうやってつくるの?」と聞いた覚えがあります。 - 江原
- そうでした。でも、それが狙いだったんです。
「これ、どうやってつくっているんだろう?」とか
「どうなっているんだろう?」という感じを出したいという
気持ちがとても強かったんです。 - 岩田
- でも、よりによって、つくれるかどうかもわからないものを
わたしたちは選んでしまったわけですよね(笑)。 - 江原
- はい。スケジュールの件もありましたので、
いま僕の左隣に並んでいる3人が
「怖いな・・・」と思って
冷や汗をかいていたでしょうけど(笑)。 - 岩田
- ただでさえデザインの決定が1カ月遅れたというのに、
つくれるかどうかわからないものですからね。 - 江原
- はい。
- 岩田
- ほかの2案は、製造の都合をもっと考えていたと思うんですけど、
江原さんは、新しい課題をいくつか乗り越えないと
実現できないようなことを、あえて提案したんですね。 - 江原
- ただ僕は、中国の工場にいることも多いので、
製造ラインの事情もよくわかっているつもりなんです。
それで、いままでの製造現場を振り返ってみると、
毎回のように課題があって、
それをなんとか量産立ち上げを担う製品技術部の人たちと、
いっしょに乗り越えてきたということを経験してきました。
ですから、難しい課題が目の前に山積みされているというのは
いつものことですし、当時は製品技術部にいた赤井さんたちが
「なんとかしてくれるはず」みたいな感じで、
実はそんなに深刻には考えていなかったんです。 - 岩田
- 製品技術部時代の赤井さんがモデルを初めて見たとき、
どういう印象を持ちましたか? - 赤井
- 「無理です」と言いました。
- 岩田
- あははは(笑)。
- 赤井
- はじめにそうお伝えしたくらいでした。