『ニンテンドー3DS』
本体機構設計 篇
3. 耐久性を高めるために
- 岩田
- 赤井さんが「無理です」と言ったのは
どういう理由からなんですか? - 赤井
- 数個の単位ではつくれるとは思ったんです。
でも、それを量産するということになると・・・。 - 岩田
- そもそもDSシリーズは、
年末商戦前のピーク時には、シリーズを全部合わせると、
月に数百万台つくったこともありましたから、
それを実現するためには、
製造上の制約があったりするんですよね。 - 赤井
- はい。製造は中国の複数の工場にお願いしているのですが、
特殊な加工を施そうとすれば、
技術的に対応できる工場が限られてしまいますので、
月に100万単位の量産が不可能になってしまうんです。 - 岩田
- そこは任天堂のIDの人たちにとっては、
いつも大きなハンデを背負ってる部分でもあるんですよね。 - 赤井
- そうですね。
多品種少量生産をするような、たとえば携帯電話では
奇抜なデザインを取り入れることも可能だと思うんですけど、
任天堂の商品では量産が可能か、ということが
第一に優先されますから・・・。 - 岩田
- で、デザインが決まり、
機構設計チームにバトンが渡ることになるわけですけど、
そのとき後藤さんはどんなことを感じましたか? - 後藤
- 「うわあ、いちばんイヤなやつが来た」と感じました。
- 岩田
- 3案のうち、設計がいちばん難しいものに
決まってしまったということなんですね(笑)。 - 後藤
- はい(キッパリ)。
- 一同
- (笑)
- 輿石
- 先ほど江原さんが
「つくれるかどうかわかりませんが」と言ってましたけど、
それは僕らも同じだったんです。
で、宇治工場に説明する機会があったんですが、
「こういうものを」というのを、絵に描いて説明はできるんですけど、
「ところでどうやったらできるの、これ?」という感じでした。 - 赤井
- わたしは、輿石さんからその説明を聞いたときに
「どうやってつくるんですか?」と尋ねたんです。
そしたら・・・。 - 輿石
- 「検討中です」と(笑)。
- 岩田
- 自分たちではつくり方がわかっていないのに、
「検討中です」と答えたんですね(笑)。
赤井さんが開発に移ってきたのはいつでしたっけ? - 赤井
- 2010年の1月です。
- 岩田
- じゃあ、いよいよ開発が本格化した頃に、
「開発に行ってくれ」ということになったわけですか。 - 赤井
- そうですね。「無理です」と言った現場に
自分が突入していったような感じでした。 - 岩田
- 「無理です」と言ってる場合ではなくなったんですね(笑)。
- 赤井
- はい・・・だから・・・焦りました(笑)。
- 岩田
- 最初は何が壁に見えましたか?
- 赤井
- まず上ぶたをどうするかと。
独特の質感を出したり、逆テーパー形状を実現するために、
かなり試行錯誤しました。
最終的には、特殊な加工方法や構造をたくさん検討して、
なんとか量産のメドがたってきたのですが、
今度は、落下させるとかんたんに壊れてしまうのではないかと、
品質面での懸念が出てきたんです。 - 岩田
- 「開けやすく」ということで設計した逆テーパーは、
ものが当たったときに一部分に力がかかりやすくなるので、
落下衝撃に対する耐久性という点では、
実は不利な面を持っていたんですね。 - 赤井
- そうなんです。
- 江原
- ですから「形状がちょっと変わるかも」と思っていたんです。
- 岩田
- 2回目のプレゼンをしたときに、
江原さんはそのような話をしてましたよね。 - 江原
- はい。
- 赤井
- でも、僕たちとしては、
デザインはやっぱり変えたくないと思いましたので、
強度を上げるために、なんとかいい樹脂を探そうと。 - 岩田
- もっと強い材料を探さないと、
このデザインができないと直感的に思ったんですね。 - 赤井
- はい。開発技術部に異動して、
最初にはじめた仕事は素材探しでした。
- 岩田
- 探した結果、どのような材料を使うことになったんですか?
- 赤井
- 任天堂の製品としてはいままで使ったことのない素材で、
高剛性ナイロンという、素材のなかに
ガラス繊維が入っているものなんです。
そのぶん、通常の樹脂と比べて割れにくいのですが、
量産性が劣ってしまうんです。 - 岩田
- 成型するのがとても難しそうな印象ですね。
- 赤井
- はい。金型(※7)のなかに樹脂を流し込んで成型するのですが、
ガラス繊維が入っているために硬くて、
成型を繰り返しているうちに金型がすぐに摩耗してしまい、
量産設備の寿命が短くなってしまうという懸念がありました。
金型=つくりたい形状の反転形状の型のこと。主に金属材質でできており、プラスチックなどの素材を流し込むことで、大量生産が可能になる。
- 岩田
- そのようなことは、実際につくってみないと、
なかなか評価することもできないですよね? - 赤井
- そうなんです。
これまでは、まず試作用の金型をおこして、
それを使って検証を行ってきたんですけど、
それを待っていたのでは
スケジュール的に間に合わないと思いましたので、
過去の機種の金型で余っているものを使って検証を行いました。 - 岩田
- ああ、なるほど。
いまはあまり製造されていない製品の金型を使って、
試してみることにしたんですね。 - 赤井
- そうです。
- 岩田
- どのくらいの種類を試すものなんですか?
- 赤井
- いろんな素材を試してみまして、
高剛性ナイロンという樹脂だけでなく
ほかの樹脂も含めると、10種類を超える樹脂を使って試作しました。
なので、自分の周りはサンプルだらけになって、
置き場がなくなってしまうほどでした。 - 岩田
- で、それぞれの素材でつくっては、
強さや量産性を確認していくということの繰り返しを
その当時はしていたんですね。 - 赤井
- はい。その結果、すごくいい樹脂が見つかったんですけど、
ありとあらゆるもののなかでいちばんいい素材を選んでも、
落としたら壊れるということがわかりました。 - 岩田
- いちばん強い樹脂でもまだ壊れたんですか?
- 赤井
- はい。そこで、機構設計のチームに相談して、
内部の肉厚を変えてもらったり、
補強するための形状変更を検討してもらったりするなどの
対策を進めていきました。 - 岩田
- そういう材料側からのアプローチがあったわけですけど、
機構側からのアプローチではどんなことが大変でしたか? - 輿石
- いろいろありますが、いちばん大変だったのは
本体のヒンジ部(※8)の補強でした。
- 後藤
- そう、まずそこでしたね。
ヒンジ部=ニンテンドー3DSの本体と上ぶたを接続している開閉支持機構部分のこと。
- 岩田
- つねに開けたり閉じたりするヒンジの部分は、
どうしても力がかかって、しかも角にあるために
落としたときに当たることが多くて壊れやすいので、
そこの強度をどうするかというのが課題なんですよね。 - 輿石
- そうです。それに、いったん問題をクリアしても、
ほかの部分の設計や条件に変更があると、
また新たな問題が発生して・・・。 - 岩田
- 全体の、ちょっとした部分が変わるだけで
別のところに影響が出てしまって、
もう1回やり直しみたいなことになるんですね。 - 輿石
- はい。なのでクリアして、
また問題が発生して、という繰り返しでした。 - 岩田
- ヒンジの強度問題を解決するためには
どれくらいの期間、闘っていたんですか? - 赤井
- かなり長い間、闘っていましたよね。
- 輿石
- 着手したのが2010年の2月の終わりで、
だいたいメドがついたのが8月の終わりだったような・・・。 - 岩田
- 半年間、ヒンジと格闘していたんですね。
- 輿石
- はい。最後の最後まで数多くの関係者で検証を続けていました。