『いつの間に交換日記』
2. 「これ、ください!」
- 岩田
- 「絵日記」を三日坊主に終わらせないために、
何かが必要ということですね。 - 今井
- はい。それが開発当初の大きなテーマになりました。
そんな頃、部長の下村(勝)(※4)さんから
「ネットワークと名のつく部署で、ネットワーク機能のない
ソフトを出すのは、ちょっと違和感があるんだけど」
と言われたんです。 - 岩田
- ネットワーク事業部のソフトだから、
部長からじきじきにネットワーク対応を持ちかけられたんですね。
下村勝=任天堂 ネットワーク事業部部長。過去、社長が訊く『歩いてわかる 生活リズムDS』に登場。
- 今井
- そうです。
でも、もともと3カ月でつくるつもりだったので、
ネットワークに対応させたら
もっと時間がかかってしまうんですけど、
「それでもやっていい」ということでしたので、
むしろありがたいお話で、ぜひチャレンジしてみようと。
自分の気持ちや想いを日記につけるだけじゃなく、
大切なものを家族や友だちと共有できるようになりますから、
そうなると自分だけの「絵日記」ではなくなると思いました。 - 岩田
- そこで「交換日記」になったんですね。
- 今井
- はい。
- 岩田
- でも、開発がスタートしてから、
サンプルをわたしに見せてくれるようになるまで、
しばらく時間がかかりましたよね。 - 今井
- はい。というのも、ふつうの日記では難しいけど
DSiの日記でならできる何かが必要と思っていましたから、
毎日の記録をつけて、グラフ表示できるようにしたりだとか、
いろいろな試行錯誤を続けていたからなんです。
また当時、この仕事と並行して
ニンテンドーゾーン(※5)にアクセスするための
『ニンテンドーゾーンビューア』(※6)をつくっていて。
ニンテンドーゾーン=ワイヤレス通信機能を利用したサービス。全国のさまざまなお店や駅などのサービス実施エリアで、手持ちのニンテンドー3DS/DSi LL/DSi/DS Lite/DS本体にオリジナルコンテンツや体験版のダウンロードをして遊んだりなど、さまざまなサービスを無料で利用できる。「ニンテンドーゾーン」について、くわしくはこちら。
『ニンテンドーゾーンビューア』=ニンテンドーゾーンのサービスを利用するためにダウンロードするソフト。ニンテンドー3DS/DSi LL/DSiでは本体に内蔵されているため、ダウンロードは不要。
- 岩田
- DS、DSi用のビューアですね。
- 今井
- はい。そのときも電遊社さんといっしょに
開発をしていたんですが、
当時から『ニンテンドーゾーンビューア』で
動画を見たいという要望がたくさんあったんです。
でも、ただ動画を載せるだけではなく、
たとえば動画に落書きできるようにできないかなあと思い、
部内に何か使えそうな技術がないかを問い合わせたら、
何人かの技術者から提案がありました。
そのひとつが、自分で書いた文字が
うにょうにょと動くものだったんです。 - 岩田
- 手書きの文字が踊っていたんですね。
- 今井
- そうです。その技術が特別だったのは、
自分で書いた文字をあとから見ようとすると、
パッと一発で表示されるのではなく、
映像のように再生することができたんです。 - 岩田
- つまり、書き順がそのまま見られたんですね。
- 今井
- そうです。
「これはもしかすると・・・」と思い、
うにょうにょ動く機能を止めて、
落書きしたらそれを再生するだけにしてみると、
なんて言ったらいいんでしょう・・・
うまく言葉にしにくいのですが、
すごく温かい気持ちになったんです。
- 岩田
- さも自分がそこで書いてるような感じですね。
- 今井
- はい。ただ書かれたものがそこにあるのではなく、
人がちゃんと書いているんだということが、
じわーっと伝わってきたんです。
そこで『ニンテンドーゾーンビューア』の映像に
その技術を使うのではなく、
「交換日記」に入れたほうが相性がよく、
面白いものになるんじゃないかと思って、
担当の技術者に「これ、ください!」と言って
電遊社さんにすぐに持っていったのが、
すごく大きなターニングポイントだったと思います。 - 岩田
- それを見せられた竹之内さんは
どのような印象でしたか? - 竹之内
- 書き順が出ることで、
そのときの自分の気持ちというか、
ライブ感が蘇ってくるので、
書いたあとに見るという行為がとても楽しくなりました。 - 岩田
- あれは、自分が書いたものだけでなく、
人が書いたのを見るのも楽しいですよね。 - 竹之内
- そうなんです。
その人が実際に書いているという感じが
ストレートに伝わってきますし、
何よりどんなことが書かれるのか、
続きをついつい見てしまうところがあります。 - 岩田
- 「こう書くのか・・・」という発見もありますね。
書き順が変、みたいなことも含めて(笑)。 - 今井
- そうなんです(笑)。
上手な人のを見るのはもちろん楽しいですが、
そうでない人が書いたものも個性が感じられるというか、
誰が書いた日記でも見ていて飽きないんですよね。 - 岩田
- 開発の終盤に参加した北井さんが
それを見たのはずっとあとだったと思いますけど、
最初に見たとき、どんな感想を持ちましたか? - 北井
- 「面白いことができるなあ」と思いました。
たとえば、
筆跡がアニメーションされるので、
まずネタバレしないように書いていって、
最後にうまくオチを入れるとか。
- 今井
- どんなことが書かれるのか、
最初に見ただけではわからないので、
最後の最後でオチをつけられるんです。 - 岩田
- 「あ、こうくるか」みたいなことがありますよね。
つまり、できあがりだけが作品ではなくて、
書かれるプロセスも作品になるんですね。 - 北井
- はい。それがすごく面白いと思いました。
- 岩田
- DSiではいつ頃までつくっていたんでしたっけ?
- 今井
- 2009年の年末頃です。
その時点でほぼ完成していて、
デバッグさえできれば、
あとは出せるというところまできていました。 - 岩田
- 2年前には、書き順もしっかり表示され、
ネットワークにも対応できて、
部内ではモニターもはじめていたんですよね。 - 今井
- そうです。最初は女性も含めて
10人くらいでモニターをはじめたんですけど、
女性の間だけでのやりとりも多かったようです(笑)。 - 岩田
- 男性陣には内緒で日記をやりとりですか(笑)。
- 今井
- はい、僕らには内緒で
かなりの量の日記を送り合っていたみたいです。 - 岩田
- むかし学校の教室で、小さなメモ書きを
みんなで回し見をしてたことがありますけど。 - 今井
- 先生の似顔絵を回したりして(笑)。
- 岩田
- なんだか、それの現代版という感じもしますね。
- 今井
- はい、そういう魅力もこのソフトにはあると思います。
- 岩田
- ですから、DSi用のダウンロードソフトとして
2009年末に出そうと思えば出せたんですよね。 - 今井
- そうです。DSi版の時点でも、
かなりの手ごたえを感じていました。
ただ、いくつか弱点があって、
たとえばDSiにはフレンド機能(※7)がなかったので
ソフトの内部にその機能を入れたんですけど、
18人しかフレンド登録できなかったんです。
フレンド機能=ニンテンドー3DSのハードごとに割り振られるコードを、友だちと交換することで、インターネットを通じてのコミュニケーションや、ゲームの対戦などが可能になる。
- 岩田
- 3DSのフレンド登録は最大100人になりましたが、
18人だと限られた親しい人としか
やりとりできなくなりますね。 - 今井
- はい。それともうひとつ大きかったのは、
いつも自分からサーバーにわざわざアクセスして、
日記が届いているかどうかを確認する必要があったんです。
すると、「来てるかな? ・・・あーあ、来てなかった」
という状態がどうしても起こってしまっていました。 - 岩田
- たいてい来てないことのほうが多いですよね。
- 今井
- 来てないときのガッカリ感がすごく大きかったんです。
モニターをとっても、みんなからそこにネガティブな声が大きくて、
ソフト自体はほぼ完成していたものの、
それを何とかできないかと考えている頃、
社内ではニンテンドー3DSの開発がはじまっていました。
そんななか、「3DSには“いつの間に通信”というのが入るらしい・・・」
ということを耳にしたんです。