『歩いてわかる 生活リズムDS』
2. 2度目のちゃぶ台返し
- 岩田
- 生産に「待った」がかかった理由は
わたしから説明します。
もともと、この『生活リズムDS』は、
もっと早く完成する予定だったんですが、
ソフトの開発が遅れてしまい、
ニンテンドーDSiの発売とタイミングが重なってしまったんです。
ご存じのように、DSiにはアドバンスカートリッジの
差し込み口がついてませんので、
従来のDSかDSLiteでないと楽しむことができません。
そういう形で商品として出すのは、
DSiを買っていただいたお客さんに申し訳ないということで
「待った」をかけることになったんです。 - 下村
- そのときは本当につらかったですね。
みんなヘロヘロになりながらつくったのに、
「残念でした。今度は別の方式でつくりなおしましょう」って
簡単に言えることではありませんでしたから。 - 岩田
- わたしも、わたしの部屋から出て行こうとする、
下村さんの重そうな足取りが目に焼きついています。
話を聞いた秋田さんもすごくショックだったんじゃないですか? - 秋田
- もちろんその話を聞いたときはショックでした。
でもカートリッジ式でなくなることで、
サイズをもっとコンパクトにすることもできますし
新たに考え直そうと。
- 岩田
- カートリッジ差し込み口のサイズに
合わせる必要がなくなりましたからね。 - 秋田
- でも、新たな問題が浮上してきました。
生活リズム計からDSカードに
どうやってデータ通信させたらいいんだろうって。 - 岩田
- カートリッジ式であれば、DSに差し込むだけで、
歩数データをDSカードに伝えることができましたからね。 - 秋田
- だから、どうやって通信させるかが課題になりました。
通信をする方法はいろいろありますけど、
回路グループのスタッフと話し合いをして、
赤外線通信を採用するのがベストだということになりました。
転送するデータ量もそんなに大きくありませんし、
安価でつくることができますので。ところが・・・。 - 岩田
- ところが?
- 秋田
- またまた新たな問題が。
DSカードって、すごくちっちゃくて薄いですよね。
そんなカードのどこに赤外線通信の部品を入れたらいいのって。 - 岩田
- なるほど。
そもそも、最初にDSカードを設計したとき、
そのなかに、赤外線通信の部品を入れるようなことなんて、
設計者はまったく想定していないですからね。 - 秋田
- ですから、DSカードを改造する必要がありました。
ちょっとかっこわるいですけど、赤外線通信の部品を、
DSカードに出っ張る形でつけようかって話になって。 - 下村
- すると、ちょっと押しただけでカチッとなって、
DSカードがDS本体からはずれてしまうんです。 - 岩田
- DSカードから出っ張ったぶん、
押されやすくなってしまうんですね。
- 秋田
- DSカードがはずれるのを防止する
ロック機能もあるんですけど、
それをつけると、さらにサイズが大きくなってしまうんです。 - 岩田
- 任天堂の伝統のひとつである
落下試験をクリアするのも、
そんな出っ張りがあると大変でしょうからね。 - 秋田
- そこまで大きくするのは問題だということになりまして、
そうこうしているうちに、回路グループのスタッフが走り回って、
小さな部品を捜してくれたんです。
その赤外線通信の部品を使って、
さらにDSカードの基板を2重構成にすれば、
DSカードのなかにスッキリと納めることができたんです。 - 下村
- ただ、こんな基板構成は
任天堂でやったことのない手法でしたので、
量産できるのか、心配する声もあったんですけど、
そこは宇治工場のスタッフのがんばりもあって、
量産のメドをつけることができました。 - 岩田
- DSカードの問題はなんとかかたづけることができて、
生活リズム計のほうはどうなっていったんですか? - 秋田
- その時点では、回路の中身はほとんど決まっていて、
サイズもほぼ決まりつつありました。
ただ、カートリッジ式でつくっていたときからの課題なんですが
、
今回は生活防水レベルにしっかり仕上げようと。
- 岩田
- せっかくつくりなおすんだし。
- 秋田
- そうですね。そこでつくったのがこれです。
これ、デザイナーさんの手が入る前の段階なので、
デザインはまだまだなんですけど。
- 岩田
- カートリッジ式と比べると、
ずいぶんコンパクトになりましたね。
- 秋田
- ええ。だから、わたしは自信満々で
下村さんのところに持って行ったんです。 - 岩田
- そしたら下村さんは何と?
- 秋田
- 「何これ? デカっ!」って。
- 一同
- (笑)
- 下村
- 「ダメダメやりなおし!」って言いました。
- 岩田
- どうしてそこまで?
- 下村
- 今回、いちばん最初に決めたコンセプトは、
歩数表示(液晶画面)のない歩数計をつくることだったんです。
普段歩いているときには、あまり意識をせずに歩いていただいて、
一日が終わったら「今日は何歩歩いたのかな」ってことで
ソフトを立ち上げる喜びにつなげたいと考えていました。
液晶がつかないぶん、コンパクトにすることができますしね。
人に見せて、「これ歩数計なんだよ」と言っても
信じてもらえないようなものをつくりたかったんです。
ところが、そのときに見せられた試作品は、
わたしがイメージしていたものよりもすごく大きくて、
「どうしてこんなにでかいものしかできないんだ」って
思ってしまったんです。
秋田さんには申し訳なかったんですけど・・・。 - 岩田
- 2度目のちゃぶ台返しを体験して、
秋田さん、すごくショックだったでしょう? - 秋田
- でも、わたしの仕事は、基板のケースを設計することなんです。
だから、その足で、回路グループのところに行って、
下村さんの言葉をそのまま伝えました。
「ダメダメやりなおし!」って。 - 一同
- (笑)
- 秋田
- 「もっと小さく!」って言うと、
そこからまた回路グループのスタッフたちががんばってくれて、
設計をいちからやりなおし、ネジの位置も含めて、
できるだけ、できるだけ小さくということで、
細かな調整を何度も何度も繰り返し行って、
最終的にできたのがこれです。
- 下村
- やればできるんですよね(笑)。
- 岩田
- ずいぶん小さくなりましたね。
- 下村
- 大きさもさることながら、丸みを帯びた石けんのような形だと、
ポケットに入れてもじゃまに感じないんです。
そのままゴロンと横になっても痛くありませんし。 - 岩田
- 裸足で踏んでも痛くならないかとか、
そんなテストもやったようですね(笑)。
ところで、コンパクトになったこの生活リズム計のなかには、
一般の歩数計にはない、特殊な機能が入っているんですよね。 - 下村
- 1分ごとの歩数データが記録できる機能のことですね。
- 岩田
- どうしてそのような機能を入れることにしたんですか?
- 下村
- 世の中には歩数計がたくさんあって、
1日にトータルで歩いた歩数は見られるんですけど、
分単位で細かく見られるようなものはなかったんです。
そこで、1分ごとの歩数を記録できるようにして、
そのデータをどんどんためていく仕組みを入れてみました。
そういう機能をあらかじめつくっておけば、
あとからソフトウェア側で
何かおもしろいことをやってくれるんじゃないかと。 - 岩田
- つまり、活かし方が決まっていないのに、
これまでの歩数計にないような機能をつけたんですね。
それって、下村さんの思いつきだったのですか? - 下村
- そこは、たまたま「勘」がさえたのかもしれません。
わたしは任天堂のハード技術者として、
新しいハードにどんな機能をつければ、
どんな楽しい遊びができるだろうかということを、
これまでにたくさん考える機会がありました。
だから、コスト的に許されて、
おもしろそうなことができそうなものは、
ハード技術者として、どうしてもつけたくなるんです。
で、あとは、ソフト屋さんにバトンタッチするんです。
「きっとこの機能は使えるはずだから、入れときました」みたいに。
- 岩田
- 生活リズム計には、
小さなランプ(インジケーター)が1個ついていて、
目標歩数に達すると、赤から緑に変わるようになっていますけど
それも勘で? - 下村
- そうです。
普通、ランプの色の変化は、
バッテリーが足りなくなったときの、
お知らせ機能として使われることが多いですよね。
でも今回は、ソフトのほうで電池切れを知らせてくれますので、
別の使い方を考えてみました。
そこで、目標歩数を達成することで色が変わるようにしたら、
あとからおもしろい使い方をしてもらえるんじゃないかなって。
だから、わたしとしてはその時点で完成型はまだ見えてないんです。
「これでおれの仕事は終わったから、森村さん、あとは頼んだよ。
頑張って、おもしろいもんをつくってよ!」
という思いなんですね。 - 岩田
- 実に絶妙なタイミングで下村さんが展開を振ってくれました(笑)。
それでは、ソフトの話を訊くことにしましょう。