『バトル&ゲット! ポケモンタイピングDS』
1. ビルの10階から降りていく
- 岩田
- 今日は株式会社ポケモン(※1)さんにお邪魔して、
『ポケモンタイピングDS』(※2)の話をうかがいます。
みなさん、よろしくお願いします。
株式会社ポケモン=ゲーム・カードゲームをはじめとした、ポケモン全般のブランドマネジメントを行うほか、全国6カ所のポケモンセンターも運営する。2000年設立。
『ポケモンタイピングDS』=『バトル&ゲット! ポケモンタイピングDS』。ニンテンドーDS用ソフトとして、2011年4月21日に発売されたタイピングアクションゲーム。
「DSコンパクトスタンド」が同梱。
- 一同
- よろしくお願いします。
- 岩田
- 石原さんは株式会社ポケモンの社長で、わたしが最初に
「キーボードでこんなことをしたい」と相談した方です。
今作ではプロデュースをされています。
そしてジニアス・ソノリティ株式会社(※3)の山名さんはこれまで
『ドラクエ』(※4)の『III』から『VII』までのプログラムを手掛けたり、
『ポケモンコロシアム』(※5)や『DS文学全集』(※6)の開発を担当されてきました。
まずは山名さん、今回、『ポケモンタイピングDS』の開発は、
どんなふうにはじまったんですか?
ジニアス・ソノリティ株式会社=『ドラゴンクエストソード 仮面の女王と鏡の塔』(Wii)や、『DS文学全集』(DS)、『ポケモンコロシアム』(GC)など、任天堂ゲーム機のソフト開発を行う。2002年設立。
『ドラクエ』=『ドラゴンクエスト』シリーズ。ファミコン用ソフトとして、1986年5月に1作目が発売されたRPG。現在、シリーズ全9作が発売されている。
『ポケモンコロシアム』=ゲームキューブ用ソフトとして、2003年11月に発売されたRPG。
『DS文学全集』=ニンテンドーDS用ソフトとして、2007年10月に発売された読書ソフト。
- 山名
- 石原さんが「ポケモンでキーボードのソフトをつくりたい」という
お話をされて、わたしのほうから「あ、それやらせてください」と
言ったのがはじまりだと記憶しています。
- 岩田
- 自ら手を挙げられたんですね。
- 山名
- そうですね。
- 岩田
- 安藤さんは任天堂企画開発部として、
『ポケモン』ソフトをたくさん担当してきましたよね。 - 安藤
- はい。わたしも上司から話を聞いたとき、
今回のタイピングソフトはいつもと違うことができると思って、
「やらせてください」と言いました。
- 岩田
- 石原さんは、最初にこの企画を聞かれて、
どんなイメージを持たれましたか?
石原さんは教育系ソフトもいろいろ取り組まれていましたよね。 - 石原
- そうですね。ポケモンPCチャレンジ(※7)などで、
ポケモンを使って学習教材的なものをつくってきました。
ただDSというハードは、あくまでもエンターテインメントなので、
今回のプロジェクトが、遊びとしてどういう立ち位置になるのか、
ということが重要かなと思っていて、
そこがいちばん最初に気にしていたところでしたね。
ポケモンPCチャレンジ=子ども向けにパソコンのスキルアップを目的としたパソコン教材。全国の小学校に向けて無料サービス中。
- 岩田
- それは、パソコン学習的なところに近づきすぎると、
DSらしくなくなるんじゃないか、ということも含めてですか。 - 石原
- そうです。“タイピング学習ソフト”という入り口からだと、
学習教材として文科省が定めたカリキュラムがあるので、
内容がある程度、固まってしまうんです。
でも今回は、子どもがキーを押して
ポケモンをゲットするゲームにしたくて、
その遊びが面白ければ自然にタイプを覚えていく、
というところに軸を置きたかったんです。 - 岩田
- 石原さんとわたしが当初お話ししていたのは、
“ゲームを遊んでいたら、いつの間にか
子どもがタッチタイピングをしている”ということが、
世の中で次々と起こらないかな、ということでした。
だから「さあ勉強しなさい」と言われてやるものでなく、
お子さんが自ら進んでやるものにならないと、
『ポケモン』でやる意味がないと思っていました。
ちなみにキーボードのハードをつくった担当者が、
ポケモンに特化したデザインのキーボードをつくるか、
今回のようなシンプルなキーボードをつくるかをご相談したら、
石原さんが明確に方向性を示されたので、
すごく進めやすかったらしいんです。
そのとき石原さんの判断の軸はどこにあったんですか? - 石原
- わたし自身が使いたいキーボードなので
「こっちにしたい」と言いました(笑)。 - 岩田
- ああ、やはり自分自身もお客さんなんですね。
- 石原
- キーボードを商売道具として使ってきた人間にとって、
キーボードへのこだわりは一般の方のこだわりよりも
かけ離れた次元にある気がするんです。
自分にもそれなりのこだわりがあったので、
今回は自分が「こうあってほしい」というものは、
しっかりできあがったなと感じています。
単純に「『ポケモン』なのでポケモンキーボードに」
というのは違うだろう、という感じですね。 - 岩田
- そのお陰で、このキーボードは『ポケモンタイピングDS』で
使う以外の汎用性を獲得したと思うんですよね。
山名さんは、タイピングソフトの話を聞いて
最初にお考えになったのはどんなことでしたか? - 山名
- 僕は、教育的な色がないといけないと思いこんでいたんです。
だけど石原さんは「遊びであるべきだ」という話だったので、
じゃあどうやって子どもにキーボードを教えたらいいんだ、と
実はかなり迷走しました・・・。
速く正確にキーを打つゲームなんですが、
そのレベルにいく過程が階段のようにたくさんあるんです。
それを、いきなりビルの10階からはじめてしまっていたようなんです。
だけどはじめてキーボードにさわる子は1階にいるわけで・・・。 - 岩田
- ビルの10階からではついてこられない人だらけです、
ということですね(笑)。 - 山名
- ええ、そこに関してはなかなか答えが出ないままに
進んでいたプロジェクトでした。 - 岩田
- では、迷走時期が長かったプロジェクトだったんですね。
「キーボードをさわったことがありません」という人たちを
ビルの10階までどうやって連れてくるのか、ということですよね。
- 山名
- そうなんですよ。そこは本当に苦労しました。
たとえばキーボードには大文字のアルファベットだけ
表示するようにシンプルにするとか・・・。 - 岩田
- そういう意味での分かりやすさを指向したので、
キーボードに仮名がないんですよね。 - 石原
- 最初のキーボードのデザインが上がってきたとき、
大文字の“A”と小文字の“a”と仮名文字の“ち”がある、
要するに仮名キーボードとしてのデザインだったんです。 - 岩田
- キーボードとしてよくある方向性ですね。
- 石原
- それを見たとき、「え、何これ?」って言っちゃったんです。
「こんなの分かりにくいでしょ?」って言っても
「いや、日本人が見るキーボードはこれなんです」
というやりとりが相当あったんです。だから
「この仮名は何のためにあるんだ?」って聞いたら、
「仮名文字入力のときに使います」って言うので
「そんな人いるの?」って聞くと周りにはいなかったんです(笑)。 - 岩田
- 多くの人はローマ字でタッチタイプ入力をしていて、
仮名入力をしている人はかなり少ない割合ですよね。 - 石原
- そう、少ないんですよね。
でもそこから議論がはじまるわけですよ。
それで、「自分もだいたいビルの3〜4階から見ていたんだな」
というふうに気づいたんです。 - 岩田
- 石原さんも10階ではないけれど、
それでも3〜4階あたりにおられたんですか(笑)。 - 石原
- はい(笑)。