『スーパーマリオギャラクシー』
Vol.4 宮本 茂 篇
- 岩田
- 今回は、宮本さんの関わり方が、
とても難しいプロジェクトだったように思います。
『マリオ64』のときのように、自分でディレクターをするわけでもなく、
東京制作部のスタッフとは気心が知れてるとは言っても、
京都からおよそ400キロ離れた場所にありましたしね。 - 宮本
- でも、わりと快適に仕事ができました。
ディレクターとして現場に足をつっこんでいたら、
つくるのはムリだったと思うんですけど、プロデューサーですから。
開発ツールの環境がすごくよくなって、
僕の机にあるマシンは、東京といつもつながってる状態だったんです。 - 岩田
- 休日の朝も、メールで連絡をとっていたそうですね(笑)。
- 宮本
- 最新のデータはつねに送ってきてくれていたので、
いつでも対応できるようになっていたんです。
最初のころは、東京に行くと、ひと部屋を占領して、
ひとりずつ担当者に来てもらって、一緒に遊びながら、
「あーだこーだ」とやってたんです。
でも、よく考えれば、こういうことは
東京にわざわざ行かなくてもできるんじゃないの?って(笑)。
そこで、京都の会議室に同じ環境をつくって、
カメラでゲームの画面を映しながら、テレビ会議で
「ここはこうしようよ」みたいな打ち合わせをするようにしました。
だから、ほとんど東京にいるのと変わらない感じで仕事ができました。 - 岩田
- ディレクターの小泉さんは、自分たちがつくった料理を、
宮本さんに最初に食べてもらってるという言い方をしてましたね。 - 宮本
- あれは奇妙な雰囲気でしたよ。
みんながジーッと見てる中で、かなり恥ずかしかったです(笑)。
マリオって、ちょっと手を抜いてしまうと、
簡単に倒れちゃうゲームでしょ。
みんなが見てる中で、倒れてしまっても、
「ごめん。ちょっと手を抜いたから」って言えないわけですよ(笑)。
- 岩田
- (笑)
- 宮本
- 「宮本さんって、いろんなことを言うけど、結構ヘタよね」とか、
「あんなテクニックしかないのに、とやかく言われたくないよね」
みたいな声が聞こえてきそうで。
だから、針のむしろの上でゲームをしているような感じでした(笑)。
でも、みんなの前で、いろんなコースを触りながら、
「ここでこんなに簡単にやられるのはおかしいでしょう」とか、
僕がどういうものを許して、どういうものを認めないのか、
それを体系化してほしいと頼みました。 - 岩田
- 「マリオらしさ」の定義をしようと。
- 宮本
- そうです。それをメールにして、
自分の担当以外のところであっても、
関係者全員に読んでもらうようにしていました。 - 岩田
- それはおもしろいやり方ですね。
- 宮本
- そこで生まれた原理原則を、いろんな部分に当てはめて、
ゲームをつくっていくことにしようよと。
たとえば、2Dマリオは右の方に走っていくのが当然ですけど、
10回に1度、左に走っていくと、オマケが置いてあるようなことですね。
普通はみんなは右に行くものと信じているから、
ちょっと振り返った人には、ご褒美をあげようと。
そういった原理原則を、ひとつのコースだけでなく、
全部のコースで考えていこうとしたわけですけど、
そういうことを全員がやったらバランスが取れないので、
連携を保ってもらうためにもメールを活用しました。 - 岩田
- 開発の途中で、宮本さんは、
「マリオらしいデザインがはじめてことばになった」って、
うれしそうに言ってましたよね。
- 宮本
- (ホッとした表情で)ホントにはじめてでしたね。
- 岩田
- 25年以上、マリオをつくってきて、
「はじめてなんですか」?って、
思わず聞き返したくなっちゃうんですけど(笑)。 - 宮本
- これまでは、なにを決めるにしても、
「直感です」という言い方をしてきましたので、
自分でもビックリしているくらいです(笑)。
たとえば、みんなはマリオキャラクターというと、
かわいくて、愛嬌があるものをイメージしちゃうんですね。 - 岩田
- 「マリオワールド」に住んでそうな、愛嬌のあるキャラクターですね。
- 宮本
- そう信じてるので、目はパッチリしてなきゃダメだろうとか、
勝手に決めているわけです。
でも、僕はパッチリした目のキャラクターって、
あまり描かない方なんですね。
ところが、そんな先入観を持って新しく入ってくるスタッフたちは、
「マリオらしいデザインをしました」って
自分で描いたキャラクターの絵を見せてくれるんですけど、
僕にとっては『マリオ』らしく見えなかったりするんです。
最近は絵を描く人の技術がどんどん上がっているので、
均一化現象のようなものが起こってる感じですね。
上手な絵というフォーマットがすでにできていて、
それにどんどん染まっていくような感じ。 - 岩田
- 絵は上手なんだけど、個性がないんですね。
- 宮本
- マリオはかっこよく描かれてもいいと思うし、
マリオ自身がかっこよくなるんじゃなくても、
デザイン処理がかっこいいものになればいいと思ってるんです。
だから、子どもっぽいデザインはできるだけしないようにとか、
ソフトによって、デザインを使い分けるようにしたりとか、
いろんなことを試してきたんですけど
これまでは明文化されていなかったんです。
そこで、どのように説明すればわかりやすいかを考えて、
思い出したのが、『マリオブラザーズ』での体験だったんです。
横井(軍平)さん(※9)が
「下から叩いたら動けなくなるものはなに?」と言うので、
「カメでしょう」ということになって。
そしたら、「やっぱりカメは踏めた方が自然だよね
とか「踏めば中身が出てきた方がいいかな?」って
どんどん連鎖的にアイデアが出てきたんです。
この話、ちょっと長くなりそう・・・。
横井軍平さん=ゲーム&ウォッチやゲームボーイなどを世に送り出した、任天堂の元開発部長。故人。
- 岩田
- どうぞ続けてください(笑)。
- 宮本
- 結局、カメは下からたたくだけで、踏むのはできなかったんですが・・・
『マリオブラザーズ』ではカメはひっくり返って、
しばらく時間が経つと動きはじめるんです。
けど、どのタイミングで動きはじめるかはわかりにくいんですよね。
ピクピクさせてはいるんですけど、
何回ピクピクすれば生き返るか、やっぱりわからない。
そこで、ルールをビジュアル化することにしました。
カメを踏むと中身がピョコンと出て、
それがコウラの中に戻ってくると、動き始めるサインにしようと。
外に飛び出したカメの中身はメーターのようなもので、
それは誰が見てもわかるだろうということですね。 - 岩田
- カメの中身を出すようなことは、
ほかの人は考えもしないですよね(笑)。 - 宮本
- でも、重大なミスに気がついたんです。
カメのコウラは骨が進化したものですから、
子どもにウソを教えることになってしまうと・・・ - 岩田
- カメのコウラは外れません(笑)。
- 宮本
- その後、スーパーマリオになり、カメを踏むのが
実現できて、今度はどのカメも踏めるようにすると怖くないので、
踏めないカメを出すことになったんです。
踏めなくするためには、トゲを生やすのが
いちばんわかりやすいだろうということになって・・・。 - 岩田
- デザイナーの元倉さんが、
「困ったときはトゲ」だと言ってました(笑)。 - 宮本
- 僕が話したことは、ちゃんと伝わったということですね(笑)。
テレサもあっちを向いたら、いないいないばーですよね。
照れ屋さんだから、ほっぺたも赤くなるし。
そんなふうに、機能がわかりやすいすいように
デザインをすることが大事だと思うんです。
ただ、「ユニークなものをつくろうよ」と漠然と言われても、
聞いた方はどうしていいのかわかりませんよね。
そこで今回は、マリオの原点は、機能を形で表現することだから、
そこから生まれるユニークなものをどんどんつくっていけばいいから
という話をしました。わかりやすい方法でしょう?
- 岩田
- はい。だから、デザインが機能を表すというのは、
言われてみてはじめて「なるほど」と思うんです。 - 宮本
- 僕も言ってみてはじめて「なるほど」と思いました。
DSもWiiも、基本は同じなんですね。 - 岩田
- わかります、わかります。
- 宮本
- DSの本体の写真を撮るときに、
タッチペンを一緒に写すことを、僕はものすごくこだわったんですね。
写真をはじめて見た人たちに、これはなにをするものかを
わかってもらう必要がありましたから。 - 岩田
- だからWiiのリモコンも
手と一緒に写すようにしたんですね。 - 宮本
- リモコン単体では撮らないでね、という少し極端な話もしてましたね。
でも、自分のデザインは機能を表すものだということに気がついたのは
1年ほど前のことで、ちょっと時間がかかりすぎましたね。
いや、まだ1年も経ってないのかな(笑)。 - 岩田
- 初代の『ドンキーコング』(※10)が出て、
初めてマリオが登場してから、
26年も経ってしまいましたよ(笑)。
これだけの時間があって、
ようやく「マリオらしさ」が言葉になったんですね。
『ドンキーコング』=1981年に登場したアーケードゲーム。ゲームデザイナーとしての宮本のデビュー作。