『NHK紅白クイズ合戦』
鈴木健二さん 篇
- 岩田
- わたしはいま、社長をやっておりますが、
もともとビデオゲームの制作をしていたんです。 - 鈴木
- はいはい。
- 岩田
- ですから、モノをつくるということに
すごく特別な思い入れと気持ちがあるんです。
で、モノをつくるときに
なぜこんなに長い時間エネルギーをかけたり、
休みをつぶしたりしてでも、ちょっとでもよくしたいかというと、
それを味わった人に、面白いと感じていただいたり、
ニッコリするのが見たいからなんです。
鈴木さんの動機や、その職人魂的な部分でも
極めて、たぶん近いところにあるはずだというのが
わたしの仮説でもあるのですが。 - 鈴木
- そうですね。
どうしたら面白くなるだろうとずっとやっていました。
いまでも多くの人から
「『面白ゼミナール』をやってらっしゃいましたね」
と言われることが多いのですが、わたくしにとっては
「ああそうか、そういう番組をやっていたこともあるな」
という程度なのです。
中身はひとつも覚えてないんです。
自分で問題をつくったり、資料も集めましたけれども、
「一丁あがり、一丁あがり」の職人ですから。
「申し訳ございません。一生懸命やったんでございますけれども、
こんなものしかできませんで、申し訳ございません」と
こうべを垂れながら帰ると。
それがわたくしの基本なんです。 - 岩田
- 事前にあらゆる準備をして、
あらゆることが頭のなかで完璧につながった状態で
本番に出て行かれるんですけど、
終わったら、それを保つ必要がないので、
そのために準備したことは捨てられるんですね。
そうしながら、ずっと番組をまわしてこられたことは、
世の中のほとんどの人はご存じないんですよね。 - 鈴木
- だから、マスコミの人はみんな
「台本を丸暗記してくる」と書いているんですね。
でもわたくし、先ほども言いましたけど
台本なんて、見たこともないんです。 - 岩田
- あらゆる角度から、どんな展開になろうと、
どんなことになろうと、
頭のなかで立体像が全部つながるまで準備してから
本番に行きますと。
そうでないと職人としてこの仕事をする価値がない
というくらいに思ってらっしゃったんですね。 - 鈴木
- そうです。まったくその通りです。
プロ野球の監督が、前の晩に、
試合の展開を1回の表からずっと考えて、
何回の表にピッチャーがダメになったら、誰を出そうとか、
こういうチャンスが来たら、ピンチヒッターに誰を出そうとか、
ずっと考えて、最後は勝つように考えるんですが・・・。
- 岩田
- でも、なかなかその通りにはなりませんね(笑)。
- 鈴木
- そう、でもそれは、番組でもいっしょなのです。
何が起きてもいいように、わたくしの場合は、
とにかく準備をして準備をして、
資料を見ているうちに、数字でも何でも覚えてしまうんです。
でも、みなさんが数字を覚えるとき、
言葉で言い換えたりしてるじゃないですか。 - 岩田
- 「なくよ(794)ウグイス平安京」みたいに。
- 鈴木
- あれ、1回もやったことがないんですね、わたくしは。
覚えた数字を書くのは簡単なんです。
ただ数字を並べればいいわけですから。
だけど、覚えた数字を言葉に出して言うのは
難しいんだそうです。
単位も言わなければいけませんでしょう。
何兆何億何千何十何万と。
しかも、自分の生活と何ら関わりのない
その場限りのクイズという番組で、
数字をいくつもいくつも言うというのはですね、
それは大変難しい仕事なんだそうです。
でも、わたくしにしてみると、
何の難しいことはないんです。
「あ、これはこんなに大きなことなんだな」と
ふつうに覚えて、あるものを説明するときに
「これはこんなに大きいことなんですよ」と言う代わりに
数字を使って大きさを表現しようとしただけの話ですから。
それで、ずっと数字に向き合っていると
いろんなことが見えてくるようになるんです。
たとえば宝くじの問題をやったことがありまして、
せっかく当選したのに取りに来ない人がいるんです。
それが莫大な数になるんですね。
で、わたくしは最初にスタッフとの打ち合わせのときに、
そのデータをもらったんですが、
「ちょっと少ないんじゃないか。もっといるはずだ」と。 - 岩田
- 鈴木さんのこれまでの経験から
そのデータが間違ってるように感じられたんですね。 - 鈴木
- その資料は、みずほ銀行さん、
当時の第一勧業銀行さんがつくったものだったのですが、
どう見ても少なすぎると感じまして
勧銀さんに電話したら、「それでいい」と言うんです。
そこで、わたくしはその数字を覚えまして、
ゲストの方も全員座って、
「はい、お待たせしました。じゃあ本番行きますよ」と、
わたくしはスタジオで大きな声を出すんです。
みんなを励まそうと思ってですね。 - 岩田
- それでみなさん盛り上がって、
収録がはじまるんですね。 - 鈴木
- そうなんです。
そんなところに勧銀さんの人が駆け込んできたんですよ。
「間違えてました! これが正しい数字です」と。
見たら、全部違っていたんです(笑)。 - 岩田
- 本番直前に(笑)。
それは何でも覚えて本番に臨む鈴木さんにとっては、
偉大な挑戦ですね。 - 鈴木
- そこで1等、2等、3等、4等、5等、6等と
全部の数字を覚え直さなきゃいけなかったんです。
それでも本番では間違えることはありませんでした。 - 岩田
- それはすごいですね。
一見ランダムにも見える数字をポンと見せられて、
間違わずに一発OKでやれるというのは。 - 鈴木
- 長い間の習慣で、数字をスパーンと覚えて、
数字のかたちが頭に入るんでしょうね。 - 岩田
- 数字のかたちを頭に入れると。
それは誰にもできることではありませんよね。
そういったことは子どもの頃から得意だったのですか?
- 鈴木
- わたくしが中学に入りましたときに、
担任が英語の先生だったんです。
入学式のときに、教室で待ってたら、
その先生が入っていらっしゃって
いきなり何かしゃべりはじめたんですよ。
それはわたくしが生まれて初めて聞く
英語というものだったんですね。
そのときに先生に訊いたんです。
「先生は英語でしゃべりますけど、
いちばん元で考えるときは、
英語で考えるんですか? それとも日本語ですか?」と。
そしたら先生は
「君は面白いことを言うねえ」と言われたんです。
ところが、その3ヵ月後に召集令状が来まして、
先生は兵隊に行くことになったんです。
で、兵隊に行くときにみんなで見送りに行ったんですね。
で、そのとき、わたくしは先生に
「いろいろな言葉があるのは不便じゃないですか?
何か世界中の人がわかる言葉はないんですか?」と訊いたら、
エスペラント語(※4)というのがあると言うんですね。
そのとき初めてエスペラント語の存在を知ったんですけど、
それで、「そういういろんなことを知るためには、
何をしたらいいですか?」と訊いたら、
「うん。百科事典というのがあるんだよ」と。 - 岩田
- はい。
エスペラント語=1880年代に、世界中で通用する国際語として考案された人工言語のこと。
- 鈴木
- 「百科事典を調べれば、いろんなことが書いてあるよ」
と先生から教えられて、
「バンザイ」と叫んで先生をお見送りしたあと、
わたくしはそのまますぐに学校に戻って、
図書室に行ったら百科事典があったんです。
わたくしはそれまで、世の中でいちばん厚い本は
電話帳だと思っていまして(笑)。 - 岩田
- 電話帳よりも厚い本が、しかもたくさん(笑)。
- 鈴木
- ええ、しかも重くてですね(笑)。
それで、そのときからの習慣なんですが、
たとえば「お茶」を引きますね。
それが左のページの上のほうに書いてある。
で、その開いたページの両方を全部読んでしまうんです。
それがいつか役に立つんですね。
もちろん、わからないですよ、書いてあることが難しすぎて。
それでも、とにかく読むんです。
そこで、あとから「お茶」のことを思い出すとき、
百科事典の左ページの上のほうに書いてあったなと。 - 岩田
- 映像で覚えていらっしゃるんですね。
- 鈴木
- それを思い出せば、
そこからつながって、いろんなことを思い出すんです。
それでずいぶん助けられました。
そういうことで、100調べてひとつ使うけど、
残りの99もいつか、何かのかたちで役に立ってくるんです。