『ラストストーリー』
その1:坂口博信さん 藤坂公彦さん
- 岩田
- 坂口さんはさまざまなハードでゲームを制作なさっていますね。
ズバリうかがいますが、今回、Wiiというハードでのものづくりについて、
どのように感じられましたか? - 坂口
- ええっと・・・本音で話してもいいんですか?
- 岩田
- はい。ストレートにお話しください。
- 坂口
- わかりました。
Wiiよりも解像度の高いHD映像(※12)のハードのときは、
仕事のワークフロー(※13)やパイプライン(※14)を重要視していました。
映画業界では当たり前のことなんですが、
仕事のパイプラインをしっかりとさせることで、
より高度な映像作品が生まれるからです。
でも今回のWiiの場合、まずプロトタイプをつくり、
それを検討するという方法にしました。
だから今までのハードとは、ものづくりの方程式がまったく違うんです。
HD映像=ハイデフィニション映像のこと。従来のアナログテレビ放送の画質であるSD(スタンダードデフィニション)映像に対して、高画質・高精細。
ワークフロー=ゲーム開発の段取りとして定められた「一連の作業の流れ」のこと。
パイプライン=グラフィックスやモーションなどのゲームに使用するデータを、開発中のソフトにスムーズに組み込むための仕組みのこと。
- 岩田
- ということは、Wiiだからこそ、逆に冒険と実験をくりかえして、
ふくらませるようなつくりかたができた・・・と言えるのでしょうか。 - 坂口
- そういった面もあります。
正直、現在映像の主流となっているHD映像に関して、
個人的にゲームの世界ではまだトゥーマッチであると感じています。
映像のクオリティを保つことだけで精一杯になりがちなんです。 - 岩田
- いずれはあの映像を使いこなすところまでいく必要がありますけど、
それだけで精一杯になると、別のところが疎かになりますからね。 - 坂口
- はい。僕もそう思います。
ただ、今回、HD映像ではないWiiだからといって、
映像のクオリティが下がるのは絶対にイヤでした。
最終的には、十分に他のハードと負けないところまでいけたと
本当に思っています。
岩の質感や水の質感など、ちゃんと入れこんでつくりました。
あと、重要な部分はモーションですね。 - 岩田
- ああ、たしかに。普通、動きとモデルと解像度が
ある程度そろっていないと、ものの動きには違和感が発生しますよね。
どれかひとつ秀(ひい)でていると、そこが主張されて見えてきてしまう。
でも、今回すごくそろっているんですよ。
そこに坂口さんが膨大なエネルギーを注ぎこまれたことを感じました。 - 坂口
- そうですね。そこはバランスがいちばんです。
どこかが上がりすぎていれば下げなきゃいけないし、
へこんでいれば上げなきゃいけない。
- 岩田
- その判断は、坂口さんご自身がされるんですか?
- 坂口
- 僕自身もしますし、もちろん現場の藤坂くんを含め、
3Dのアートディレクターたちもしますね。
彼らとは、「自分たちがどこに向かうのか?」といったゲーム論を
しょっちゅう呑みながら話し合っています。
そうしてマインドを合わせておかないと、とくに僕は誤解されやすくて・・・。 - 岩田
- 誤解・・・、というと?
- 坂口
- 「キレイな静止画がほしいんだろう」と思われるんです。
初めていっしょに仕事をするスタッフもいるので、
とにかく話し合って、マインドを合わせるようにしました。 - 岩田
- 坂口さんは、ご自身でやられることと、
他のスタッフの方にお任せすることとを、どのように分けているんですか? - 坂口
- 基本的には、予想外にいいものが出てくることが多いので、
なるべくお任せにするようにしています。
もちろん口出しもしますが、若いスタッフなんかは、
知らないところで、勝手にやってしまうことも多いんです(笑)。
そういうなかで、予想外にキラリと光るものが出てくることがあって。
そこを、僕が上手にコントロールできるようになったら、
徐々にバトンタッチして、任せていく、という感じです。 - 岩田
- コントロールとは、どういう意味ですか?
- 坂口
- たとえば「このスタッフはこういう言い方をして、
こういうシチュエーションに置かれれば
こういう力を発揮するんだ」ということをつかんでいくんです。
これがうまくできないと、結局手間ばかりかかって、
自分で直したほうが早くなってしまうこともあるんです。
それだと、ゲームそのものに“パワー”がなくなってしまいますよね。
やはり、複数の人間の想いやエネルギーがゲームに入っていないと、
ダメだと思うんです。 - 岩田
- その複数の想いをひとつのパワーにするためには、
何が大事なんでしょうか? - 坂口
- 僕の場合、すごく時間がかかるんですが、
やりとりしていく過程のなかで、
スタッフとの間にパイプをつくっていくんです。
あちこちにすりキズをつくりながら、じっくりと・・・。
そうしてようやく、スタッフと僕との間にパイプがつながると、
作品としてひとつの流れが生まれると思うんです。 - 岩田
- 意識がつながるんですね。
- 坂口
- はい。
僕がみんなを引っぱっていくというよりも、
このスタッフとつながったパイプそのものが、
作品の流れをつくっていくイメージでしょうか・・・。
スタッフの意識が変わると、パイプのかたちが変わって、
ひいては作品そのものが変わってくると思うんです。
作品そのものにいい化学変化があらわれるんですね。
だから、このメンバーだからこそ、
今の『ラストストーリー』のかたちになっているんだと思います。 - 岩田
- 藤坂さんは、デザイナーとしてWiiでのものづくりをどう感じましたか?
- 藤坂
- そうですね。僕はデザイナーですので、
正直、最初はもう少し解像度などがほしいな、と感じていました。
けれど、やっていくうちに、案外大丈夫だったなというのが結論です。 - 坂口
- 最後は、思っていた以上にクオリティを上げられたよね。
- 藤坂
- ええ、できましたね。
- 坂口
- 写真の美しさに近いと思います。
全部クリアに見せるよりも、あえて背景を影で落としたり、
ぼかしたりしたほうが、写真として味が出ますよね。
だから、Wiiだったことでバランスがちょうどよかったと感じています。 - 岩田
- ということは、そのバランスまで到達できたという、
手ごたえを感じられたということですね。 - 坂口
- そうですね。それから、Wiiはプログラムがしやすかったです。
けっこう、細かいところまで設定しているんですよ。
たとえば橋の下に行くと、陽がさんさんと降りそそぐシーンがあります。
暗いところから橋の下に入ると、ふわっと周りが明るくなるんです。
それはまるで、実際に人の目が明暗を自動調整しているみたいに。 - 岩田
- へええ。
- 坂口
- その感覚が、橋をくぐったときに気持ちよく感じられるんです。
こういう要素がけっこう、入れられたよね。 - 藤坂
- はい。そう思います。
- 坂口
- Wiiの解像度だからと、勝手に限界ラインを引くのは、
ガマンできなかったというか(笑)。
チームのなかでは縁の下の力持ちですが、
2Dのスタッフさんがとてもがんばってくれたんです。 - 藤坂
- 3Dのアートディレクターの方々もこだわってくれましたね。
- 坂口
- だから、他のハードと映像を比べてみても全然見劣りしません。
- 岩田
- Wiiであることを言い訳にしない、
覚悟と気合いが込められているということですね。 - 坂口
- はい。
- 岩田
- それからもうひとつ、RPGをつくることについてうかがいたいんです。
RPGは大好きな方がいる一方で、
慣れていないのに、前提知識があることを求められていると感じて
入りにくいと感じている方もいます。
そのなかで『ラストストーリー』は、システムが新しいために、
RPGをプレイしている方、していない方に関わらず、
すべての方に門戸を開いているように感じました。 - 坂口
- そうですね・・・RPGで描くファンタジーというのは、
とても魅力的な世界のひとつだと思うんですよ。
たとえばSF全盛期に『ロード・オブ・ザ・リング』(※15)が登場すると、
やっぱりこの世界が好きだなぁと、ホッとした気持ちになります。
何というか、神々の根源的な世界というか、
人間の礎(いしずえ)でもある神話の世界をきちんと表現していけば、
自然と多くの方がRPGに魅力を感じてくれるのではないかと思うんです。
『ロード・オブ・ザ・リング』=2001年〜2003年にかけて公開された、J・R・R・トールキン作の『指輪物語』を原作とする実写映画。
- 岩田
- はい。
- 坂口
- もちろん、ファンタジー世界に共感して入ってきた方に対して、
きちんと門は開けておくべきだとは思います。
でも、あえて間口を広げる意識はないですかね・・・。
「興味があれば来てください」って程度でしょうか(笑)。 - 岩田
- 呼びこみをしすぎる店も怪しいですからね(笑)。
- 坂口
- そうですね(笑)。自然体でいこうと思います。
難解すぎたり、独りよがりなシステムだったりしてはいけないと思いますし、
逆に迎合(げいごう)する必要もないですよね。
あくまで素直なポジショニングで、作品をつくっていきたいですね。