『ラストストーリー』
その3:坂口博信さん 松本卓也さん
- 岩田
- 今回は、『ラストストーリー』のシステムについて
訊かせていただくために、
坂口さんとともに、当初からいっしょに開発されていた
AQインタラクティブ(※1)の松本さんにもお越しいただきました。
AQインタラクティブ=ゲームソフト開発会社。
- 松本
- 松本です。よろしくお願いします。
『ラストストーリー』ではシステム開発を担当しました。
坂口さんとは『ブルードラゴン』(※2)をいっしょにつくりまして、
それ以来、もう7年半くらいのおつきあいになります。 - ※2『ブルードラゴン』=2006年12月に発売されたRPG。ミストウォーカーとアートゥーン(組織変更に伴い、現在はAQインタラクティブ)が開発。
- 岩田
- では、まずおふたりが、
『ラストストーリー』を開発することになった
キッカケからおうかがいできますか? - 坂口
- まず僕が企画書ベースでつくっていたものはあったんですが、
それと並行して松本さんと代官山の居酒屋で
世のなかのゲームについていろいろ話し合ったんです。
それがはじまりだったよね? - 松本
- はい。そのとき話してみたら、ゲームに対する
お互いの問題意識が結構近いな、と感じました。 - 坂口
- 何よりも、いっしょにつくった
『ブルードラゴン』の反省点が大きかったんです。
反省のひとつは欧米市場で受け入れられなかったこと。
もうひとつは、日本のお客さんの意識が違うところにあったこと。
プレイしたお客さんの反応を見て、
僕らが同じスタイルのゲームをつくりすぎて
楽をしてきたのではないかと感じたんです。
- 岩田
- いっしょにソフトをつくったおふたりが
『ラストストーリー』をつくるにあたって
同じ問題意識からスタートした、ということなんですね。 - 坂口
- そうです。ふたりで飲みながら、
当時の新しいスタイルのゲームのことを話していたんですよ。
ふたりとも、たまたま動画共有サイトで同じ動画を
見ていたんですよね。 - 松本
- そうなんです。
- 坂口
- そこにあった、とあるゲームの動画を見て
非常に衝撃を受けたんです。
それがまったく新しいゲームスタイルに見えて、
松本さんと意気投合して、「いやー!びっくりしたよ!」
「どうしてあれをやれなかったんだろう!」っていう・・・。 - 松本
- 悔しさもありましたね・・・。
- 岩田
- 確かに、「お客さんにいい意味で驚いてもらうこと」が
われわれの仕事なのに・・・
他の方がつくったもので驚かされるというのは、
ものをつくる人間として、心中穏やかではないですよね。 - 坂口
- はい、独特の悔しさでした。
- 松本
- それで居酒屋で話し合って
新しいゲームの方向性を早く探りはじめようということで、
プロトタイプの“豆腐くん”(※3)を先行させました。 - ※3“豆腐くん”=『ラストストーリー』システム開発用に、実験的に動かしていたプロトタイプ。
- 坂口
- グラフィックを入れる前に、要素の動かし方から検証したんです。
なんだかんだ、“豆腐くん”は1年くらい動いていたよね。 - 岩田
- 松本さんは、坂口さんが考えるゲームの方向性を
当時はどのようにとらえていたんですか? - 松本
- 新しい“バトルの仕組み”をつくる必要があると考えました。
まずゲームの文法を変えないと、同じことのくり返しになると。
そこで、主人公と3人くらいの仲間をあらわす青い豆腐と、
敵をあらわす赤い豆腐で、プロトタイプをつくりました。 - 敵のリーダーにはメガネをかけさせて・・・。
- 岩田
- 豆腐がメガネをかけていたんですか?
- 松本
- はい(笑)。その青と赤の豆腐で試行錯誤をくり返しました。
プロトタイプでは、そのリーダーに注目すると
「あいつがリーダーだから早く倒そう」と選択肢が出て、
仲間への指示が出せるようにしたんです。
これは今のシステムの根っことなる部分です。 - 坂口
- あと、居酒屋で話していたのは、
あたり判定(コリジョン)にこだわろうということだよね。
お客さんがゲームをプレイするときに
さわって確かめられる部分を設定するのが“あたり判定”。
これをフィールドにとことんつくり込んでいくことで、
「キャラがフィールド上をいかになで回すように歩けるか」
ということも重視したんです。
陰に隠れたり、スキマを通るときは横向きになったり、
手をついて肩から入ったり・・・
複雑な地形でも隅々まで行けるようにしました。 - 松本
- 通常は単なる背景の飾りとして処理されるような
複雑な地形やオブジェクトのあたり判定を
しっかり設定したんです。
それで壁をのぼったり、スキマに隠れたり、
地形を使った遊びができるようにしました。
だから、地形をつくることが
レベルデザイン(※4)に直結していたんですよ。
この部分にまずは時間をかけました。
むしろ「地形のなかに、坂口さんの書かれるストーリーを
どう乗せていくか」ということを命題にしていましたから・・・。
レベルデザイン=ゲーム内のマップやエリアの空間や環境、難易度などを設計すること。
- 岩田
- 「地形のなかにストーリーを乗せていく」というのは
どういうことなんですか? - 坂口
- 松本さんが、ダンジョン内で起こるキャラ同士の
何気ない会話や行動を決めていくんです。
『ラストストーリー』のストーリーは3段階でつくられていて、
まず、僕がつくるストーリーの大きな筋。
次に、松本さんがつくるダンジョン内でのキャラ同士のやりとり。
最後に、演出家がまとめて細かい台詞をつけ足します。 - 松本
- たとえば「ここで、このキャラが転ぶ」とか
それに対して「仲間がツッコミを入れる」とか・・・。
そういったノリの会話を入れていきます。 - 岩田
- つまり、「何が起これば、この舞台が活きるのか」を考えて、
地形のなかにストーリーをもり込んでいく、ということですね。
- 坂口
- はい。たとえば仲間のユーリスというキャラに
スポットライトが当たるダンジョンなら、
彼が孤立するシチュエーションをマップ内につくります。
そうすることで「じつは仲間に心を開いていない」
という彼の設定が引き立つんですよ。 - 岩田
- それはどこまでが坂口さんが指定して、
どこからが松本さんがやられるんですか? - 坂口
- おおよその大まかなプロットは僕ですけど、
地形を見てから判断して、イベントを考えるものもあります。 - 岩田
- でも、こんなにレベルデザインとゲームづくりが密接というのは、
坂口さんにとっては過去に例がないんじゃないですか? - 坂口
- ええ、はじめてです。
- 岩田
- 世間一般のイメージでは、
まず坂口さんがつくりたい世界観やお話があって
それにあわせて絵がつくられ、ゲームがつくられていく・・・
と認識している人がほとんどだと思います。
でも『ラストストーリー』ではまったく違うつくり方なので、
今、これを読んでいらっしゃるお客さんは
すごく驚かれているんじゃないかと思います。 - 坂口
- まあ、スタッフが悪ノリするんですけどね(笑)。
- 松本
- はい。もう・・・7回くらい怒られました(笑)。
「ユーリスはそんなことしないから」、みたいな。
- 岩田
- ただ、その悪ノリから生まれるものもありますよね。
- 松本
- そうですね。ウケねらいのつもりで入れたら、
採用されちゃったものもいくつかあります。 - 坂口
- そうそう。たとえば、主人公のエルザの特徴で、
かならずトビラを蹴って開けるんです。それに対して
仲間が「また蹴るのか!」ってツッコミを入れるんですね。
最初は単に冗談で動かしていたんですけど、
そのうち「この設定、最高だよ」って話になりまして・・・
結局、キャラの特徴として残りました。
結構、松本さん発案のものが多いんですよ。
- 松本
- あと、エルザがニオイに鈍感なのもそうです。
- 坂口
- そう、エルザはニオイに鈍感なんです。
臭いモンスターエリアに行くと、仲間たちは
「なんだこのニオイ!」って驚くんですけど
エルザだけ「何?みんなどうしたの?」ってキョトンとします。
すると仲間は「エルザはいいよなぁ」ってツッコミを・・・(笑)。 - 松本
- ダンジョンでは、そんな会話のノリが面白いんです。
- 坂口
- ええ。“ノリ”ですよね。
ゲーム全体にノリが出て、本当によかったと思うんですよ。 - 岩田
- 制作に関わったスタッフみんなで、ああでもないこうでもないと
意見を出し合ったり、工夫したりしたことが全部、
『ラストストーリー』というひとつの世界におさまったことによって、
“ノリ”が生まれたということですね。 - 松本
- そうですね。ダンジョンでも街でも、
何と言うか“生きている”感じがするんです。
生きているっていう感じは、
最初から設定されていないからこそ感じられる
何かと言いますか・・・。 - 岩田
- それが“ノリ”という表現であらわされるんですね。
確かに、実際の世界は不統一な意思の集合体なので、
ひとりの人間が考えた設計だけでは
本当のライブ感は生まれにくいですよね。 - 坂口
- はい。松本さんやスタッフみんなとの
やりとりのなかでノリをつくっていった感じです。 - 松本
- そこは思った以上に、提案したものを入れてもらえました。
- 坂口
- まあ、「蹴ってトビラを開ける」なんていう細かい設定は
普通、最初から決めていませんからね。
だからレベルデザインで生まれた会話や、やりとりのおかげで
そのキャラの面白い部分がぐっと増えたんです。
そういうのは、動いてみてはじめてわかりました。 - 松本
- リアルタイムのダンジョンではキャラの歩く速度や、
仲間のノリやツッコミのテンポが大事になるんです。 - 岩田
- 確かに、実際の空間的な広さよりも、
キャラの歩く速度や、どこで何のイベントが起こるかで
ダンジョンの印象がガラリと変わりますね。 - 松本
- イベントやキャラの会話とか、そうしたライブ感ある息づかいで
ダンジョンの“間(ま)”がつくられているんだなと
改めて感じました。