「フィットメーター」
1. はじまりは“遠足”から
2. 歩数計から活動量計へ
3. 測定地獄
4. テレビの前にいなくても
3. 測定地獄
- 岩田
- そうやってパナソニックさんで鍛えられた
アルゴリズム(※12)を提供いただいて
普通の活動量計にはないエッセンスが
足し算されていくのですが、
今回のフィットメーターは
どのように開発がはじまっていったのでしょうか?
アルゴリズム=情報処理の具体的な方法や手順のこと。ここでは、消費カロリーの算出におけるさまざまな方法や計算の仕組み。
- 杉山
- まず、任天堂ならではの活動量計として
どういうものができるか考えていたんですけど、
やっぱり僕自身、「山登りで使いたい」
ってことがまずあって。 - 岩田
- ああー。ということは、
最初は杉山さんの趣味からだったんですか? - 杉山
- まさに、そうです(笑)。
- 岩田
- フィットメーターが
杉山さんの趣味からはじまったとは
思ってもいませんでした。 - 杉山
- はい(笑)。
それで運動強度に注目したとき、
たとえば階段って、上ると
だいたい8METs(※13)くらいの
活動量があるんですよ。
ただ、普通の活動量計は
そこまで正確に対応してなくて。
8METs=METsの数字の基準は、座った姿勢での安静時が1METs。たとえば「きついランニング」は13METs、「軽いウォーキング」は4METs。日常のシーンなら「掃除機をかける」ときは3METs、「重いものを運ぶ」ときは8METs。
- 岩田
- そうですよね。
わたしも、昼ご飯の時は階段を使うようにしているんですが、
エレベーターを使わずに7階まで上るのは
相当きついですからね。 - 杉山
- きついですよね、階段って。
じつは8METsって、かなりの運動に匹敵するんですよ。
あと僕、自転車に乗るときはいつも
「ハートレートモニター(心拍計)」を使って
スピードや回転数を計っているんですけど
気圧センサーがついていて高度変化も計れるんですね。
すると「あの坂が登れた!」
ってことがすごく励みになるんです。
だから松永さんと林さんのふたりに
「フィットメーターにぜひ気圧センサーを入れてくれ」
とお願いしました。 - 岩田
- まさに、杉山さんの趣味がスタートですね。
気圧センサーを搭載してくれと
言われた松永さん、どうでしたか? - 松永
- 実際に自転車に乗って高度変化が出たというグラフを
杉山さんが見せてくれたんですけど
正直・・・最初は「何が面白いんだろう」って。 - 一同
- (笑)
- 岩田
- はじめは、共感度ゼロだったんですか(笑)。
- 杉山
- (松永さん、林さんを指しながら)
このふたり、何を隠そう
じつはあまり運動をしないんですよ。 - 岩田
- 運動をしない『Wii Fit U』ディレクター陣(笑)。
- 松永
- 僕自身、山登りとかほとんどしないので・・・。
(林さんをチラ見しながら)ど、どう? - 林
- いやー、山登りする人にとってはいいですけど、
あの時は、何が面白いのか、
まだつかめてなかったです、僕も。 - 松永
- そういった半信半疑のなかで
パナソニックさんにお願いに行きました。
- 岩田
- 半信半疑の人が
お願いに行ってしまったんですね。
すみませんでした(笑)。 - 遠山
- いえいえ(笑)。
理論的に気圧センサーは入れられると思ったんです。
ただ、山登り・・・は、
我々のターゲットにはなかったというか。 - 岩田
- ふだん、メタボ健診を
受ける方などがターゲットなので、
山登りが趣味の方というのは
パナソニックさんの商品開発のうえで
たしかに距離的に遠いですよね。 - 遠山
- ええ(笑)。
ただ問題は、その気圧センサーを入れた活動量計を
どうやって検証するかということで、
一定の長さと強度の運動を測定しないとダメなので、
ある高層ビルの階段を実験に使わせていただきました。 - 岩田
- 5分、10分と一定時間、
階段を上り続けないといけないんですね。 - 北堂
- はい(苦笑)。
- 杉山
- うわあ・・・、そうだったんですね。
- 岩田
- 測定する人は地獄ですね。
- 北堂
- メトロノームを持ち込んで
たしかなリズムを刻みながら1歩ずつ階段を。 - 岩田
- (頭をかかえながら)
メトロノームですか・・・。 - 北堂
- でも、やっぱり途中でバテてしまう人がいて。
- 岩田
- すると、そのデータは有効にはならないんですよね。
- 北堂
- ダメです。やり直しです。
- 岩田
- はあー。メトロノームのリズムに刻まれて
階段を上った人のおかげで、
いま正確なカロリーを計ることができるんですね。
きつい運動の測定の精度を担保するには
誰かがきつい運動を行って
データをとる必要があることがよくわかりました。
なんか・・・理屈じゃありませんね。 - 遠山・北堂
- そうですね(笑)。
- 岩田
- 実際に高度変化とともに
消費カロリーが計れる活動量計ができて
どんな手ごたえを感じましたか? - 北堂
- 階段の上り下りも、詳細にグラフに表示されるので
どこでどんな行動をしたかがよりわかりやすくなりました。
自分の行動パターンがよく見えますし、
より正確な消費カロリーがわかるところもいいと思います。 - 岩田
- 最初は半信半疑だった松永さん、林さんは?
- 松永
- はい(笑)。
実際に自分で身につけて記録をグラフ化して
はじめて「あっ」って納得できたんですよ。
杉山さんのは、他人のグラフだったから、
きっとピンとこなかったんだと思います。 - 岩田
- やっぱり自分のグラフを見てみると
説得力がぜんぜん違いますよね。 - 松永
- すみません・・・(苦笑)。
自分の行動を振り返る面白さが
そこではじめてわかりました。 - 岩田
- 林さんは?
- 林
- 検証のときは高度変化を加味しないMETsと、
加味したMETsと両方見られる状態だったんですが、
やっぱり高度変化を加味したほうが
「こんなに運動していたんだ!」ってわかりましたね。
階段を上るといいってことは知っていましたけど。
- 岩田
- 日常生活のなかのちょっとした運動が
数値によって「見える化」されたことで、
自分へのご褒美になるんですね。 - 林
- はい。
ですからますます階段を使ってみようかな、
というモチベーションにつながりました。 - 岩田
- 杉山さん、ニコニコと聞いていますが
期待どおりの反応ですか?
最初は納得してなかったふたりに、
「どお?」って言いたそうな表情ですね(笑)。 - 杉山
- はい、まさに(笑)。
僕は実際に登山で検証して
手ごたえは予想していたので、
あとはちゃんと高度変化が出るかどうか
ということが課題でしたから。
その検証のために、
稲荷山(※14)にはだいぶ登りました。
稲荷山=京都府伏見区にある標高233mの東山三十六峰南端の山。伏見稲荷大社の神体山。
- 岩田
- 稲荷山を何回も、ですか?
- 杉山
- ええ。納得できる運動強度にするまで何回も登りました。
- 林
- 開発の終盤は1日に2回ぐらい行っていましたよね。
- 岩田
- ちなみに高度変化以外で
パナソニックさんにお願いした
大きなポイントはありましたか? - 松永
- じつは、フィットメーターにのせる
ソフトウェアの開発もお願いしています。
もともとフィットメーターは
『ポケウォーカー』(※15)がベースなので、
液晶画面に何を表示するかを並行して考えていました。
『ポケウォーカー』=2009年9月に発売されたニンテンドーDS用ソフト、『ポケットモンスター ハートゴールド・ソウルシルバー』に付属している歩数計。『ハートゴールド・ソウルシルバー』でつかまえた好きなポケモン(1匹)を預けられるほか、野生のポケモンをつかまえたり、「どうぐ」を探すこともできる。
- 岩田
- それは任天堂で書いた仕様書をもとに、
つくっていただいたんですか? - 林
- そうです。僕がまとめた仕様書を
パナソニックさんにご説明したんですけど、
最初はどうまとめればいいのかわからなくて
ゲームの仕様書みたいにつくってしまって
ご迷惑をおかけしました・・・。 - 岩田
- 言ってみれば、このジャンルでは素人ですから
パナソニックさんの社内でつくられる仕様書とは
ぜんぜん違って戸惑われたのではないでしょうか? - 北堂
- そうですね。
ええと・・・・・・戸惑いました(笑)。 - 一同
- (笑)
- 北堂
- 会社の文化の違いかもしれませんが、
我々は最初に仕様書をつくると
最後までほとんど変えないんです。
でも任天堂さんはなんというか、
開発を進めながら徐々に商品の仕様を
つくりあげていくイメージですよね。 - 松永・林
- ・・・はい。
- 岩田
- そういう対応に慣れていないと、
変える前提でつくってないところを
「こう変えてください」とこられると
大変だったでしょうね。 - 北堂
- はい。そのへんのやりとりは、
何度もさせていただきました。 - 松永・林
- ・・・・・・はい、すみません。
- 岩田
- 松永さんと林さんは、
さっきから苦笑いを浮かべて
静かにうなずいています(笑)。