『Wii U』 本体篇
1. テレビが変わった
2. ハードは“黒子”
3. “マジック”
4. テレビに寄生しないゲーム機
1. テレビが変わった
- 岩田
- 6年前、「社長が訊く Wiiプロジェクト」()で
「社長が訊く」という企画が偶然のようにはじまって、
まさかこんなに長くつづくとは、想像もしていませんでした。
今回、Wiiの後継機ができて、
もう一度お話を訊けることに感慨深いものがあります。
これからしばらくの間、
Wii Uというハードがいかにつくられたかという話を
シリーズでお訊きしようと思います。
今日はよろしくお願いします。(※1) - 一同
- よろしくお願いします。
「社長が訊く Wiiプロジェクト」=「社長が訊く Wiiプロジェクト~Wiiが誕生したいくつかの理由~」。2006年9月に掲載された、「社長が訊く」連載のきっかけとなったインタビュー企画。
- 岩田
- まず、みなさん自己紹介をお願いします。
改めて紹介していただくまでもないですが、
ハードウェア開発の、当社における責任者をされている
竹田さんです。 - 竹田
- 竹田です、よろしくお願いします。
- 塩田
- 総合開発本部開発部の塩田です。
Wii U本体やWii U GamePadなど、
ハードウェア開発全般を監修しています。
- 岩田
- 塩田さん、今回、ハードウェア開発全般といっても、
据置型と携帯型を両方いっぺんに
つくるようなことになってしまいましたよね(笑)。 - 塩田
- はい、そうです(笑)。
携帯型の要素を参考にしながら、
Wii U GamePad側の開発をしてきたという意味では、
据置型、携帯型の2機種を
同時開発したような印象があります。 - 北野
- 総合開発本部開発部の北野です。
Wii U本体の開発では、機構設計にかかわりました。
筐体設計以外にも熱設計、コネクタや
ケーブルの設計も行いました。
- 赤木
- 総合開発本部開発部の赤木です。
みなさんはハードを担当された方々ですが、
わたしだけソフト担当です。
ただソフトといっても、
お客さんが遊ぶゲームソフトではなくて、
本体をつくる工程で必要となる、
検査プログラムを担当しています。
- 岩田
- はい、ありがとうございます。
まず新しいゲーム機をつくるのに、
いちばん時間がかかるのは
“部品の選定と検討”になるんですが、
Wii Uはどうやってはじまったんですか? - 竹田
- まず基本的に、日本中のテレビが全部、
地上波デジタルのいわゆるHD()になったんです。
世の中のだいたいがHD化されたということは、
逆にいえば“HDがSD(※3)になった”ということです。(※2) - 岩田
- HDがスタンダードになった、ということですね。
HD=High Definition(ハイデフィニション)の略。テレビなどにおける高解像度(高精細、高画質)のこと。映像のピクセル数が多く、720本以上の走査線数を保持し、かつアスペクト比が16:9であることが条件。高解像度の映像を扱う地上波デジタル、BSデジタルなどのテレビジョン放送をHDTVと呼ぶ。
SD=Standard Definition(スタンダードデフィニション)の略。テレビなどにおける標準画質、標準精細度のこと。走査線数が720本に満たないもの。
- 竹田
- はい。一方でWiiはSDを使っています。
「家庭のテレビが、ほとんどすべてHDに変わったんだから、
家庭用ゲーム機 Wiiも
みなさんにその恩恵を受けていただけるように、
我々もその標準に合わせよう」
というのがキッカケです。
あらゆる家庭で同じような条件で、
同じように楽しんでいただけるものをつくるのが、
我々の考えかたですから。 - 岩田
- あと、ビデオゲーム機からテレビに映像を入力する端子も、
むかしの黄色い端子()から、
HDMI(※5)に変わっています。
テレビが変わったんだから、テレビとセットで使う
テレビゲーム機が変わらなければいけないということは、
ある意味、必然だったんですね。(※4)
黄色い端子=オーディオ・ビジュアル機器に映像・音声信号を伝送するために利用される端子のひとつで、一般的にはコンポジットビデオ端子と呼ばれるもの。映像信号は黄色い端子、ステレオ音声信号は赤と白の端子で色分けがされている。
HDMI=High-Definition Multimedia Interface(高精細度マルチメディアインターフェース)の略。家電やAV機器向けのデジタル映像や音声入出力インターフェースの標準規格。1本のケーブルで映像、音声、制御信号を合わせて送受信できる。
- 竹田
- そうです。それともうひとつ、
24時間リビングルームに置く機械だから、
Wiiでは実現できなかった、ゲーム以外のいろんなことも
楽しんでいただきたかったんです。
そのためにも、どのようにしてお手頃の値段にできるのか、
それでいてしっかりとした性能を実現させられるかが、
知恵の出しどころでした。 - 岩田
- それは「Wiiプロジェクト Wiiハード編」のときに話していた
“ローパワー、ハイパフォーマンス”の発想()と、
通じるものがありますね。(※6) - 竹田
- ええ。どのように消費電力を抑えて
ゲーム・コンピューター性能を効率よくするかは、
任天堂のゲームキューブ()からの流れがあって、
その思想にのっとっているところでもあります。(※7)
“ローパワー、ハイパフォーマンス”の発想=「社長が訊く Wiiプロジェクト~Wiiが誕生したいくつかの理由~」vol.1 Wiiハード編にて、竹田が述べていた発想。下記のコメント参照。『当然のことですが、性能が二の次、というわけではないんです。「ローパフォーマンス、ローパワー」は誰でもできる。「ハイパフォーマンス、ハイパワー」を、ほかの人たちは目指す。そういうなかで、わたしたちはWiiで「ローパワー、ハイパフォーマンス」というのを追求したわけなんです。』
ゲームキューブ=ニンテンドー ゲームキューブ。2001年9月発売の家庭用テレビゲーム機。
- 岩田
- 今回、“ローパワー、ハイパフォーマンス”を
実現するためのキーは何でしょうか? - 竹田
- まずは初めてのマルチコアCPU()の採用です。
複数のCPUコアをひとつのLSIチップに持つことで、
ローパワーでCPUコア間や内蔵の大容量メモリーとの連携がうまくでき、
非常に効率のよい処理をすることが可能になりました。(※8)
マルチコアCPU=ひとつのパッケージの中に、命令を実行する複数のプロセッサーコア(ソフトウェアを動作させるためのハードウェア)を持っているCPUのこと。
- 竹田
- そしてMCM()の採用です。(※9)
MCM=Multi Chip Module(マルチチップモジュール)の略。基板の上に、ベアチップと呼ばれるむき出しのシリコンチップを、複数個搭載しているモジュールのこと。
- 竹田
- 先ほど説明しましたマルチコアCPUチップと
GPU()チップをひとつのパッケージに入れる
MCM技術を本格的にゲーム機に採用しました。
このGPUチップにもかなり大きなメモリーが内蔵されているんですよ。
このMCMによって、ICパッケージのコストが下がったり、
LSIチップ間のデータのやり取りを速くできたり、
消費電力も下げられたりします。
それと分業化で、コスト的にも安くあがります。(※10)
GPU=Graphics Processing Unit(グラフィックス プロセッシング ユニット)の略。グラフィックスチップ、またはビデオチップとも言う。パソコンやゲーム機の表示画面を描画するための専用チップ。
- 岩田
- 今回の大きなチャレンジとして、
異なる半導体の工場でつくったシリコンチップを
ひとつのパッケージに入れる、
という選択があったわけですよね。
塩田さんは実際に推進しなければいけない当事者として、
どんなことがハードルでしたか? - 塩田
- 違う会社さんでLSIをつくっていますから、
不良が出たときの原因を切りわけることが難しかったんです。
不具合解析をするにも、
MCMの中にとじ込められているので、
問題を探る方法が非常に困難でした。 - 岩田
- 実際に動いているときは
ひとつの箱に入っているから、
中で起こっていることを簡単に観察できないんですね。 - 塩田
- そうです。でもご協力いただいた
ルネサス()さん、IBM(※12)さん、
AMD(※13)さんから、本当に知恵をいただきました。
不具合を切りわけるために必要な最低限の信号を
MCMの外に出したりして、
最小のオーバーヘッド(※14)で検証ができるような
方法を編み出せたと思います。(※11)
ルネサス=ルネサス エレクトロニクス株式会社。東京都千代田区に本社を置く、半導体メーカー。
IBM=International Business Machines Corporation。アメリカ合衆国ニューヨーク州に本社を置く、コンピューター関連のサービスおよび製品を提供する企業。
AMD=Advanced Micro Devices, Inc. アメリカ合衆国カリフォルニア州に本社を置く、コンピューター関連の開発、製造、販売を行う企業。
オーバーヘッド=何かの処理を行う際、本来の処理に加えて、余分にかかる負荷のこと。
- 岩田
- でも、そこに至るまで、
一筋縄ではいかなさそうですね。 - 塩田
- はい。過去の実績から
データを集めながら決めていったんですが、
実際に動かして初めて気づいたことをフィードバックしていく、
という泥臭いことを、何度も取り組んでいきました。 - 竹田
- やっぱり違う会社さんですから、
一般的に、不具合や新しい挑戦に対して
「自分のところの責任ではないです」となるんです。 - 岩田
- そもそも、不具合があるなら
はじめから直しているはずですからね。
プログラマーも、つくったプログラムを動かす瞬間は
「動くに決まっている」と思ってキーを叩くものですから、
「動かない」と言われたら、
「自分以外の何かが悪いのでは?」と思うものなんです。
それと同じで、異なる半導体メーカーさんのチップを
ひとつのパッケージに入れれば、うまくいかないときに、
「自分以外の何かが悪い」と考えるのが普通なんですね。
そんな中、塩田さんはどう旗ふりをしていったんですか?
- 塩田
- 一言でいいますと、
「自分の身の潔白は、自分の身で証明してください」
という方針を採りました。 - 岩田
- へぇ~、それは、面白いですね(笑)。
- 塩田
- パッケージに入れる前のLSIについて、
検査漏れがない、テストができる仕組みを
確立しようとしたところ、
各社さんが非常に強固な検査法を編み出してくれました。
それで不良が出る可能性を大きく下げられましたし、
しっかり積み上げたデータをもとに、
不良解析用の大事な情報も提供してもらえました。 - 岩田
- そのプロセスは、スムーズに進みましたか?
- 塩田
- そこまでいくのに、やっぱり時間はかかりました。
最初は「こんな工程を入れると、たくさんつくれない」とか、
「生産設備の投資が非常に大きくなる」
みたいな話が出てくるんです。
ただ知恵を出し合うと、解決方法って見つかるもので、
既存の検査設備にちょっと手を加えるだけで
非常に効率のいいテストができるようになったり、
強力なテストパターンが見つかったりしたので、
何とか実現できたのかなと思います。 - 岩田
- これだけのことができるシステムの心臓部が
ワンチップになっているというのは、
まだあんまり例がないんじゃないですかね。 - 塩田
- これまでまったく例がないわけじゃないですが、
これほど大量生産するもので、
これだけのパフォーマンスのCPUとGPUが、
ひとつのパッケージに入っているものは
あまり例がないと思います。
こちらがMCMのついた基板です。
- 岩田
- 心臓部はこのチップ1個に収まっているんですね。
ゲームキューブやWiiでは、
心臓部が2個のチップにわかれていましたけど、
今回、MCMにこだわったのは、
やはり手ごたえがある、と感じていたからですか?
- 塩田
- はい。竹田さんの話にもありましたように、
消費電力を下げるのは
ゲームキューブから引き継いでいる姿勢で、
この小さいパッケージにLSIを閉じこめることで、
LSI間のやり取りに必要な電力が、うんと下がるんです。 - 岩田
- 物理的に、基板の上で
場所が離れたチップの間を流れる電力に比べて、
小さいモジュールの中だと、
少ない電力でやり取りができるんですよね。
遅延も少なくなるので、スピードも出しやすいですし。 - 塩田
- はい。それに、ひとつの小さい
パッケージに閉じこめることで、
基板上の実装面積も小さくできるんです。
筐体の小型化にも貢献できるため、
何としても、やりたかったんです。