『Wii U』 Miiverseプロデュース篇
1. “共感ネットワーク”
2. 2階建てのサービス構造
3. ネットワーク方針の大転換
4. 「Wiiが街に」
2. 2階建てのサービス構造
- 岩田
- “いろんな方たちに参加してもらうサービス”
という点においては、『うごくメモ帳』()という、
ひとつの例がありますよね。
このようなサービスもうまく運営できると、
これだけ長い間、活性を維持できることを
近藤さんたちが証明してくれました。(※17)
『うごくメモ帳』=ニンテンドーDSi、DSi LLに内蔵されたタッチペンで手書きメモを作成できるソフト。何枚も書いたメモを再生して、パラパラマンガ(動画)をつくることもできる。また、インターネットに接続すれば、『うごくメモ帳』でつくった自分の「うごメモ」を公開したり、公開されているほかの人の「うごメモ」を観ることができる。
- 水木
- 世の中ではあまり知られてはいないようなんですが、
ユーザー数がずっと右肩上がりでしたよね。 - 岩田
- それで『Miiverse』のサーバー開発をはじめるとき、
水木さんとふたりで、近藤さんに会いに行ったんですけど、
じつはふたつの理由がありました。
ひとつは『うごメモ』でおつき合いがあったこと。
もうひとつは以前、近藤さんから
ネットワークサービスに対するご提案を
いただいたことがあったからなんです。
その話は、水木さんの話とイコールではありませんでしたが、
内容には関連がありました。
ですから、「この開発をするなら、
以前、任天堂に提案をしてくれたはてなさんに、
まず最初に話を持っていかないといけない」と思って、
近藤さんにご相談に行ったわけです。 - 近藤
- そうでしたね。
そもそもご提案した発端は『うごメモ』にあります。
「うごメモはてな」()のサイトで
「★」をつけたり、コメント機能を追加したり(※19)することで、
アクティブなユーザーがどんどん増えていったんです。
それで気づいたのは、
ゲームをしている人も本当は、
「もっとコミュニケーションをとりたいんだ」
ということでした。
僕自身、子どものころに『マリオブラザーズ』(※20)で、
友達と協力しあって、敵を倒していたことが、
ゲームの楽しい原体験として残っていましたし。(※18)
「うごメモはてな」=『うごくメモ帳』で書かれた作品を、パソコンやニンテンドーDSiブラウザーなどから楽しめるWebサイト(2013年5月31日をもってサービス終了)。
「★」をつけたり、コメント機能を追加したり=投稿された「うごメモ」を閲覧し、気に入った作品に感想をコメントしたり、面白いと思った気持ちを「★」に変えて気軽に作者へ伝えることができる「うごメモはてな」のシステム。
『マリオブラザーズ』=1983年、ファミコン用ソフトとして発売されたアクションゲーム。
- 岩田
- ゲームを遊んでいる時間以外に、
友達とゲームについて語り合う時間も、
一連のゲーム体験の面白さの一部なんですよね。 - 近藤
- はい。ゲームを媒介に
人と楽しんできたので、ネットを使えば、
「もっと世界中の人とつながって遊べるのでは?」
という気持ちがありました。
だからお話をいただいたときは、
「いよいよ、きたーっ!」って思いました(笑)。 - 岩田
- (笑)。
水木さんが最初の打ち合わせで、
「近藤さんのお話がすごく勉強になった」
と言っていたことが印象的でしたけど、
とくにどんな話で共感したんですか? - 水木
- まず「既存のネットワークサービスのコミュニティは面白い」
という話なんですけど、当時はまだ自分の中で、
「本当にコミュニティをメインに据えていいのかな?」
と、正直、自信がなかったんです。
でも、近藤さんの話を聞いて、確信が持てたんです。 - 近藤
- あ、そうだったんですか。
- 水木
- はい。もうひとつは、
ネットワークサービスの階層構造の話です。
既存のネットワークサービスが1階で、
2階にオープンなサービスがある、ということで、
1階では「知り合いと安全なやりとりを提供しつつ」
2階では「見知らぬ人と興味や共感でつながって交流できる」
というイメージを話されていて、
『Miiverse』がこれだけオープンな構造になったのは、
こうした打ち合わせでのインプットが大きかった気がします。 - 岩田
- 『Miiverse』も2階建てのサービス構造になっていて、
自分が心を許した人とだけやりとりできる部分と、
同じ興味を持つ、数多くの見知らぬ人と交流できる部分の、
両面があるんですよね。 - 水木
- そうです。
- 岩田
- 近藤さんのお話の中で、わたしの印象に残っているのは、
「既存のネットワークサービスのソーシャルグラフ()と、
ゲームのネットワークサービスのソーシャルグラフは、
別物ではないでしょうか?」という視点です。
「既存のサービスでつながっているリアルな人間関係の中で、
ゲームの話がしたいか?」といえば、
「必ずしもイコールとは限らない」というお話でした。
それはわたしの中で、ゼロから独自のソーシャルグラフを
つくることを決心させる、大事な言葉でした。(※21)
ソーシャルグラフ=SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などの、ソーシャルメディアにおけるWeb間での人間関係の相関関係や、そのつながりのこと。現実世界での、リアルな知人関係に基づく関係性を指す場合が多い。
- 近藤
- そうだったんですね。
確かに、既存のネットワークサービスは、
リアルな部分もあるかもしれませんが、
日常って、知り合いじゃない人と接することも多いですよね。
同じ興味を持つ人と知り合うキッカケがあったり、
それについて語り合ったりすることが必要なんです。 - 水木
- 確かに “リアルソーシャルグラフ”って言葉を聞くと、
「現実の人間関係が全部入っている」
と思ってしまいますけど、よく考えたら
“リアル”って、実際の知り合いだけじゃなく、
見知らぬ人とのやりとりは、現実世界でも多いですもんね。 - 近藤
- ええ。あと、もうひとつ、
とくにアメリカのソーシャルネットワークは、
「人格がひとつじゃなきゃダメ」
みたいな概念がある気がするんですが、
実態は違いますよね? - 水木
- ああ、確かに!
- 岩田
- アメリカ人の友達から聞いたことなんですが、
「ソーシャルネットワークの普及によって
いつでも常に周りから見られてしまうので、
“自分はこういう人”っていう一貫性を持って生きていないと、
最近はプライベートタイムも気が抜けなくて大変なんだ」
と話していたことがあります。
その意味で、ソーシャルネットワークの普及で、
みんなが“可視化された世界”に生きているわけで、
便利な世の中になったけれども、
逆に窮屈さも生まれたのかもしれませんね。
- 水木
- わかります。
つい「誕生日おめでとう!」とか、
さしさわりないコメントを書いてしまうとか(笑)。 - 近藤
- そうそう(笑)。
でも友達と接している自分もいれば、
ゲームの中での自分もいて、
いろいろあって、いいと思うんです。 - 岩田
- オンとオフのときでスイッチが切り替わって、
別の人格になっている人は、
いっぱいいるでしょうからね。 - 水木
- その意味では
「ソーシャルネットワークは実名にしなきゃいけない」
という流れがあるなかで、『Miiverse』はそれにこだわらず、
Miiのニックネームを、そのまま表示できるようになっています。 - 岩田
- はい。ただし、ごくわずかですけど、
匿名となると、行儀の悪くなってしまう人がいて、
コミュニティが破壊してしまうことがあります。
実名を使うっていうのは、
それにブレーキを踏むための手段のひとつですけど、
そもそも同じ“共感”で結ばれていたら、
実名かどうかは、あまり関係なくなる気がするんです。
「それぐらい共感で結ばれることは大事ではないか」
と思ったんです。 - 水木
- はい。
- 岩田
- それともうひとつ、わたしが宮本(茂)さんという
マリオをつくった人と仕事をしてきて思ったことは、
「宮本さんは“人の共感を得ること”に対して、
とてつもない執念を発揮してものづくりをしている人だ」
と気づいたからなんです。だからこそ、
「『Miiverse』のテーマが“共感”であることは任天堂らしい」
と思ったんです。 - 水木
- それで“共感ネットワーク”なんですね。
いま、その言葉の本当の意味がわかりました(笑)。 - 近藤
- じつは僕もいま、
わかったことがあるんですけど(笑)。
『Miiverse』には、その人の発言に対して、
共感したらポチッと押すだけの
「共感ボタン」がついています。
それは“自分のコメントに対して共感してもらえる”
という意味だけではなく、そもそもゲームに対して、
“いっしょに遊んだ人同士が、共感しあう”という
“二重の共感”があるんですね。 - 岩田
- そうです。共感しあえば、感想や意見を
交換しやすくなるし、交流が生まれれば、
ゲームがもっと面白くなるはずだし、
『Miiverse』で見知らぬ人との共感が増えれば、
自分に合ったゲームとの出会いのチャンスも広がるはずです。
まさにそこが、わたしがこの企画を進める
強い動機になっています。 - 水木
- あの・・・正直に申しますと、“共感”について
僕も完全に理解していたわけじゃありませんでした。
でもその“共感”というキーワードを元に、
仕様を考えていくことができたんです。
少なくとも“ソーシャル”というキーワードだけだと、
ネットワークの階層構造の1階を
整備することに一生懸命になって、
いまとは違うサービスになっていたかもしれません。
でも“共感”は見知らぬ人同士がつながりあうことだから、
「2階をつくろう」という意識が生まれたんだと思います。