『Wii U』 インターネットブラウザー篇
1. 「隠すことが強みになる」
2. 手元でさわって、大画面で大きく
3. テレビ+ブラウザーの決定打に
1. 「隠すことが強みになる」
- 岩田
- 今回、Wii Uの中に標準搭載されている、
インターネットブラウザーのお話をお訊きします。
ひと口にブラウザー技術といっても
移り変わりも非常に早いですし、
完成にいたるまでさまざまなドラマがあったと思います。
まず、おふたりの自己紹介からお願いします。 - 佐々木
- 環境制作部の佐々木です。
わたしは初期にチームの立ち上げと、
全体の仕切りを行い、後半は
ディレクションを津田さんに引き継ぎつつ、
技術的な部分のコントロールなどを行いました。
- 岩田
- 佐々木さんはニンテンドー3DSの
ブラウザーも担当されていましたね。 - 佐々木
- はい。先行して3DSにかかわり、
途中からほぼ並行して進めていました。 - 岩田
- よろしくお願いします。
では、津田さん。 - 津田
- 環境制作部の津田です。
先ほどのご紹介のとおり、
ディレクターという立場で
仕様の作成や協力会社さんのとりまとめを
担当していました。
- 岩田
- よろしくお願いします。
まずは佐々木さんがどのように
チームを立ち上げて、
開発がはじまっていったのか、教えてください。 - 佐々木
- はい。わたしの中でのはじまりという意味では、
3DSと並行しての開発になるのですが、
今回Wii Uでスペックが上がっている分、
「当たり前のことがより普通にできて、
お客さんにふだん使っていただけるブラウザーを」
というところからのスタートになります。
外部パートナーとしてACCESS(アクセス)()さんという、
WebKit(ウェブキット)(※2)をベースにした
技術に秀でた会社と、UI(※3)の部分では3DSから引き続き、
ハル研(※4)さんと一緒に開発を進めました。(※1)
ACCESS(アクセス)=株式会社ACCESS。クラウドサービスをはじめとした、携帯電話端末・専用機向けのソフトウェア・組み込みブラウザーの研究開発などを行う。1984年設立。
WebKit(ウェブキット)=apple社が中心となって開発されているオープンソースのHTMLレンダリングエンジン群の総称。
UI=ユーザー・インターフェイスの略称。コンピューターを操作するときの画面表示、ウィンドウ、メニューなどの表現や操作感を指す。
ハル研=株式会社ハル研究所。『星のカービィ』や『スマブラ』シリーズなどを手掛けてきたソフトメーカー。かつて岩田が社長を務めていた。
- 岩田
- 最初から意識していたテーマとして、
「Wii Uを遊んでいるときに、
何かあって調べたいことがあったら、
その場ですぐ使えるものにしたい」
ということを言っていましたよね。 - 佐々木
- そうですね。テレビを見ながら、
PCやスマートフォンを見るということが
日常的になっていますので、
「Wii Uを同じように使っていただきたい」
というイメージがありました。 - 岩田
- これを読んでおられるみなさんの中には、
ノートPCや、タブレットをいつでも使えるように
スリープ状態でそばに置いておられる方も
いらっしゃるかもしれません。
佐々木さんもわたしもそういうタイプではあるんですが、
Wii Uのお客さん全員が
そういう環境とは限らないですからね。
「ゲームを中断することなく、
ちょっとネットを見ることができたら
便利に感じていただけるのでは?」
という話をしていましたよね。
ところで、Wii Uでインターネットを見る、
ということを考えたときに、
「大事にしよう」と考えたことは何ですか? - 佐々木
- いろいろあるんですが、まずひとつあげるとすれば、
「動画を快適に見るということが、
非常に重要なポイントになるだろう」と考えました。
いままではインターネットというと、
「文字を読むことが中心だった」と思うんですけど、
最近は「動画を見ることが非常に多くなってきている」
と思うんです。 - 岩田
- 任天堂でも、「Nintendo Direct」()を含め、
動画を使ったコンテンツが増えた実感がありますね。
インターネットは、PCやスマートフォンやタブレットで
見るのが一般的ではあるんですが、
テレビはもともと映像を見るためにつくられたものですから、
動画を見るなら、テレビがいちばん快適なはずなんですよね。(※5)
「Nintendo Direct」=任天堂のゲームに関する新しい情報を、社長の岩田が直接お届けするインターネット中継。くわしくは、「Nintendo Direct リンク集」を参照。
- 佐々木
- はい、おっしゃるとおりです。
- 岩田
- とはいえ、いままでにも
テレビにブラウザー機能が付いた機器は
たくさんあったと思うんですけど、
いまだに「これだ」というものはなかったと思うんです。
任天堂でもWiiにブラウザーを搭載しましたが、
率直に言って、必ずしも決定打にはなっていませんでした。 - 佐々木
- そういう意味で、今回のチャレンジは
「テレビで日常的に使っていただけるブラウザーとは何か?」
という問いの答えを導き出すことだったと思います。 - 岩田
- 今回はそこに、
Wii UとWii U GamePadという
「離れたところにある
非対称的な画面をどう使うのか?」
というポイントも加わってきますよね。
そのあたりのお話は津田さんから
お訊きしましょうか。 - 津田
- はい。わたしが入ったのは去年の春頃なんですけど、
そのときまだ3DSのブラウザーも開発中で、
最初に佐々木さんから、
「技術のほうはやっておくから、
先に仕様をまとめておいてほしい」
と言われました。 - 岩田
- 難しい課題でしたが、無茶ぶりでしたね(笑)。
- 津田
- 「2画面をどう活かすか」は
そのときからの命題ではあったんです。
3DSのように2画面をひとつにつなげたものや、
まったく別々のウェブページをそれぞれの画面に表示する、
といったものも考えました。
ただ、比較的早い段階で
「テレビも手元も同じ画を映すことが
いちばんわかりやすいだろう」
という結論は出ていたんです。それは、
「ブラウザーはWii U GamePadで操作するので、
テレビを使わなくても使えるようにしたい」ということと、
「テレビは、みんなで一緒に見たり、
動画を再生するといった用途に使いたい」
ということを考えたからです。
ただやはり、テレビはみんなで見ているものですが、
Wii U GamePadは誰かひとりの手元にあるので、
「テレビで動画を再生しつつ、
そのまま手元で別のことをしたい」
という“ながら”を形にする必要があったんです。 - 岩田
- ふだんは、2つの画面に同じ画が出ているけれど、
必要なときには、画面を別々に分けられるように、
ということですか? - 津田
- はい。ただ、「それをどのように実現するか」というところで
操作性であったり、いろんな問題から、
行き詰まってしまったんです。 - 岩田
- 無理に使い分けようとして、
複雑になってしまうと、意味はないですからね。 - 津田
- それで考えていくうちに出たアイデアが、
「テレビ側を隠してしまえばいいんじゃないか」と。 - 岩田
- ああ、それであのカーテン()で隠す仕組みができたわけですね。(※6)
カーテン=Wii Uのインターネットブラウザーでは、テレビに映すインターネットの画面を一時的にカーテンを張って隠しておける機能がある。
- 津田
- はい、カーテンの演出ですね。
ほかの人に見せる必要のない画面を
「隠すことが強みになる」と思ったんです。 - 岩田
- そこは、まったく逆転の発想ですよね。
みんなで一緒ということに目がいきがちですけど、
「あえて画面を見せないことが、
2画面を使う構造のメリットになるだろう」と。
でもそれをほかのスタッフに説明したとき、
最初からみんな納得しましたか? - 津田
- すぐには納得してもらえませんでした。
そこで自分の勉強をかねて、PC上で、
HTML()とJavaScript(※8)を使って
2画面を再現したデモをつくって説明したんです。(※7)
HTML=ウェブページを作成するために開発された言語。
JavaScript=動きのある画面を構成したり、さまざまな計算や情報検索などをウェブ上で実行するための言語。
- 岩田
- それを実際につくって見てもらったら、
みんな「なるほど」となりましたか? - 津田
- そうですね、だいぶ納得はしてもらえました。
でも、たぶん佐々木さんは、
そのとき困惑されていたんじゃないかと・・・。 - 佐々木
- まあ、顔はひきつっていたかもしれません(笑)。
笑ってはいるけれど、
内心は「それ、技術的にどうやって実現するんだ?」
と思っていましたから。 - 一同
- (笑)
- 岩田
- 技術的にハードルが高かったことって、
たとえばどんなことだったんですか? - 佐々木
- やはりウェブページを表示するには
とにかくたくさんのメモリーが必要なんです。
最近のPCやスマートデバイス()は
かなりの容量のメモリーを積んでいるのと、
あとは、基本的に複数のアプリケーションで
メモリーをシェアして使う構造なので、
たとえば、メモリー不足など、
なにか動作に影響が出たら、
「××を終了してください」って
お客さんにおまかせしていることが多いんです。(※9)
スマートデバイス=スマートフォンやタブレット端末を総称する呼び名。
- 岩田
- はい。
- 佐々木
- でも「任天堂の製品として出すものは
それじゃダメだ」と思うんです。
そこは自分がずっと本体機能をつくってきた
こだわりというか、お客さんにそういった
手間をかけることなく、使っていただけるもので
なくてはならないわけで・・・。
- 岩田
- しかも、今回、タブブラウズ()機能が入りましたけど、
このためにも、さらにメモリーが必要になりますよね。(※10)
タブブラウズ=ひとつのウィンドウ内で複数のウェブページを表示できる機能。
- 佐々木
- はい、メモリーが増えたといっても、
PCに比べればブラウザーで使える
メモリーは圧倒的に少ないので、
タブごとに、できるだけ効率的に
メモリーを配分する工夫をしています。
このためには、3DSで厳しいメモリー制限下で
ブラウザー開発をした経験がたいへん役にたちました。 - 岩田
- いろいろ機能も増やしたけれど、
「メモリーが足りないので、
一度終了して再起動してくださいとは
ぜったい、言いたくなかった」ということですね。 - 佐々木
- はい。しかも当然、Wii Uはゲーム機ですから、
まずゲームありきで、
「ゲームをしながらブラウザーも使う」
といった利用を想定していましたので・・・。 - 岩田
- ゲームの途中に割り込んでくるブラウザーのために
本体の動作が揺らいじゃったら、意味はないですよね。 - 佐々木
- そうなんです。
最近のブラウザー技術は、
先進的な機能がいろいろと必要なので
ゲームとの協調動作というのは
じつはかなりギリギリのせめぎ合いを経て、
いまの形になっています。